国際テロ組織と指定されている「タリバン」という名前の由来と誤解【中田考】凱風館講演(前編)
「凱風館」での中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演(前編)
タリバンによるカブール陥落後、アフガニスタンでは今、第二次タリバン政権が発足し始動している。国際社会はタリバン政権をテロリスト指定し、経済制裁をかけ続けている。一方、ロシアや中国はタリバン政権の支援に乗り出しいる状況だ。そもそも「タリバンとは何か」。そして「今後アフガニスタンや国際情勢はどうなっていくのか」。『タリバン 復権の真実』(KKベストセラーズ)を上梓したイスラーム法学者の中田考氏が、思想家であり武道家でもある内田樹氏の武道場「凱風館」にて開催した講演内容を記事化して公開。世界の構造を知るうえでも、非常に有意義で分かりやすい解説だ。今回は中田考氏の凱風館講演(前編)である。
今回の講演では、「タリバンとは何か」という話、「アフガニスタンとは何か」という話、それから今回のタリバンの復権およびアメリカ軍の撤退をきっかけに明らかになった、今の世界の情勢について話をしていきます。
現在のタリバンについて話をする前に、簡単に近現代史を振り返りましょう。アフガニスタンが本格的に現在まで続く内戦に突入したのは1979年ですが、その前の1973年に王族であったムハンマド・ダーウードがクーデターで王政を廃止した頃から、ずっと争いが絶えない状況にありました。
この辺りの近現代史だけは最低限押さえないと、その過程で生まれたタリバンについても理解できません。ですからまずは、タリバンの話とアフガニスタンに纏わる近現代史の話を行ったり来たりしながら、タリバンとは何かについてお話ししていきたいと思います。
まず前提として「タリバン」の意味ですが、アフガニスタンの公用語のパシュトゥー語とダリ―語(ペルシャ語)の「ターリブ」という言葉の複数形です。どちらもアラビア語起源で「学生」という意味であって、より正確には「求める者」という意味です。
アラビア語では「タラバ」という動詞が「求める」という意味でして、その能動分詞が「ターリブ」で、「求める者」という意味になります。
ここから「学生」という意味になりまして、前近代のムスリム世界では学問といえばまずイスラームの学問でしたので、「イスラーム神学生」を意味するようになりました。
そして現在のタリバン政権について、この語源のおかげで二重の意味で誤解がなされています。
現在の政治組織としてのタリバンも、最初はその神学生たちが始めた運動でした。神学生たちによって1994年に結成され、1996年から2001年までアフガニスタンのほぼ全土を支配していたのがそのタリバンによる政権です。2001年と言うのは、「9・11アメリカ同時多発攻撃事件」があった年です。ここではこのタリバンの支配体制を一応「第一次タリバン政権」と呼ぶことにします。2021年に首都カブールを奪還し政権に復帰したタリバンの政権を便宜的に「第二次タリバン政権」と呼びましょう。
その創設者たちは皆「ターリブ」と呼ばれる学生だったわけですが、政権を取ってしまうと当然、創設時のコアメンバー以外の人間、つまり神学生ではない人間がたくさん入ってきます。第一次タリバン政権が成立した時点で、タリバンは一回変質しました。
現在の第二次タリバン政権も、コアの幹部はほとんど全員が昔からの創設メンバーで、神学生だったのです。新たに権力を取ったこの第二次タリバン政権に新しく入ってきた末端のメンバーたちもタリバンと呼ばれていますが、必ずしも彼らは神学生ではありません。しかし彼らは我々から見ると区別がつきません。ターバンを巻いて髭を生やしているのでみんな同じように見えるからです。しかしその中できちんと十数年にわたってイスラーム教育を受け修行を積んだ本物の神学生は少数派です。第二次タリバン政権には、20年にわたるアメリカの傀儡政権の支配の下で西欧式の教育を受けた専門職、技術職の人間もたくさん入っています。この意味で第二次タリバン政権は第一次政権とも変質しています。
以上が第一の誤解です。「神学生」というのが元々の意味であるタリバンですが、今では数の上では神学生出身者は決して多数派ではないのです。
第二の誤解については、イスラーム学のシステムについて少し説明しなければいけません。イスラームの学問は、いわゆる西欧式学校ではなく、日本で言えば寺子屋のような「クッターブ」などと呼ばれる場所で字の読み書きをするところから始まります。アフガニスタンの公用語であるパシュトゥー語は元々は文字がない言葉でアラビア文字を借用した文字で表記します。それでまずアラビア文字のクルアーンを読むところから始まるわけです。
多くの人が4、5歳から寺子屋に通い、まずは最低限、クルアーンの中からお祈りに使うような章句を覚えたりします。そこからさらに専門でイスラーム学を勉強していく人間はマドラサと呼ばれる神学校で学ぶターリブ(神学生)になります。神学生になった人は、その後20年ぐらいで一通り勉強を終えます。この勉強を終えるまで彼らは「神学生」と呼ばれるのです。
さて、第一次タリバン政権を作った時に「タリバン」と呼ばれた人たちは、当時もちろん中学生や高校生ではありませんでした。彼らは既に20年の勉強を終え、後輩の神学生を教え始める頃の年齢になっていました。
日本でも、大学院生に対しては基本的に指導教員はあまり教えませんね。むしろゼミの先輩が指導することのほうが多いでしょう。
それと同じようにイスラーム神学生も、要するに「兄弟子が弟弟子を教えていく」といった関係が、勉強を初めて十数年から20年ほど経ったところからさらに20年ほど続きます。ですからイスラーム世界の学問では、勉強を始めてから合わせて約40年ぐらい経って初めて一人前の学者になるのです。
ですから、元々の「神学生」という意味でタリバンと呼ばれる人は、20代のはじめぐらいから40代前半ぐらいまでの世代で構成されています。
さて、第一次タリバン政権が終わったのは2001年ですから、そこから既に20年が経っています。ですから、第一次政権当時タリバンの幹部だった人たちは、当時20代だったとしても、もう「タリバン=神学生」である期間が終わっているのです。その意味で彼らはすでに「タリバン」ではなく、アラビア語で「アーリム」と呼ばれる「学者」になっているわけです。これがもう一つの誤解です。今のタリバン政権は学生の政権ではなく、学者の政権です。現在の最高指導者のアフンザダ師は50歳ぐらいと言われています。法学者の統治体制の隣国のイランで、今の最高指導者のハメネイ師が最高指導者に就任した1989年には50歳でしたので、同じような法学者の支配体制だと思っても大過ないでしょう。
このように「タリバン」という言葉は二つの意味で誤解を招きやすいのです。
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◉中田考『タリバン 復権の真実』出版記念&アフガン人道支援チャリティ講演会
日時:2021年11月6日 (土) 18:00 - 19:30
場所:「隣町珈琲」 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1
◆なぜタリバンはアフガンを制圧できたか?
◆タリバンは本当に恐怖政治なのか?
◆女性の権利は認められないのか?
◆日本はタリバンといかに関わるべきか?
イスラーム学の第一人者にして、タリバンと親交が深い中田考先生が講演し解説します。
中田先生の講演後、文筆家の平川克美氏との貴重な対談も予定しております。
参加費:2,000円
※当日別売で新刊『タリバン 復権の真実』(990円)を発売(サイン会あり)
★内田樹氏、橋爪大三郎氏、高橋和夫氏も絶賛!推薦の書
『タリバン 復権の真実』
《内田樹氏 推薦》
「中田先生の論考は、現場にいた人しか書けない生々しいリアリティーと、千年単位で歴史を望見する智者の涼しい叡智を共に含んでいる。」
《橋爪大三郎氏 推薦》
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