私が「AV女優の面接」に行ったあの日のこと【神野藍】連載「私をほどく」第1回
神野藍「 私 を ほ ど く 」 〜 AV女優「渡辺まお」回顧録 〜連載第1回
早稲田大学在学中にAV女優「渡辺まお」としてデビュー。人気を一世風靡するも、大学卒業とともに現役を引退。その後、文筆家・タレント「神野藍」として活動し、注目されている。AV女優「渡辺まお」時代の「私」を、神野藍がしずかにほどきはじめた。「どうか私から目をそらさないでいてほしい」と・・・
「神野さんの言葉で、『AV女優渡辺まお』とは何だったのか、語ってみてください。」
パソコンの前で逡巡している。たかだか数年の話をまとめるだけだから、そこまで迷いなんて生じないと思っていたが、想像以上に難航している。まず何から話せばいいのか。腹の奥底に溜めていた感情をすべて吐き出して、それをきちんと体系づけていくのは骨が折れる作業だ。
これまで様々な媒体のインタビューで自身の経歴について語ってきた。そのときに答えていることは間違いではないが、正解ではない。仕方がないことだが、私が話したことを編集部側の思い描くシナリオによせて切り取られるというのは、往々にしてあることで、なおかつその場の空気感こみで発言したことが前後の文脈無しに書かれるということだってある。
そしてなにより、数か月前の自分が発した考え自体がアップデートされており、何かに対する意見が異なるという事態が発生してしまうからだ。私の言語力と思考力は毎日向上している。昨日よりも世界に対する解像度が上がり、目に映るものをより鮮明に説明し、自身の思考を詳細に語れるようになっているのだ。
「自分の言動には責任をもて」と批判が飛んでくるかもしれないが、国会の答弁ではあるまいし、自分の人生の「ここはこうだった」「このときは、こう考えたから、こう行動した」という考察が少しずつ変わっていくのは、日々生きている以上、仕方がないことだろう。
そして今回自分自身について綴ることも、いま現時点での考察なので、今後変化するかもしれない。それだけは読者の皆様にご了承願いたい。
その上で、きっと文章を書いている私も、読んでいるあなたも、途中で救いようのないぐらいの嫌な感情に襲われることもあるだろう。私が目をそらさずに書いているのだから、これを読んでいるあなたも私から目をそらさないでいてほしい。
「とりあえず、このシートの埋められるところを埋めておいてね。それが終わったら、それをもとにいくつか質問して、その後、写真撮影をするから」
2020年、早春−−。私の前に出されたのは一枚の紙。名前や住所など、ごく普通の質問から、初体験の年齢や対応可能なプレイの質問までさまざまだった。一つひとつ淡々かつ機械的に記入していった。これから人生が変わってしまうかもしれないというのに、不思議なまでに落ち着いていた。慌てふためくこともないし、胸を躍らせることもなかった。嵐の前の静けさのようだった。そんなことを考えてるうちに、面接を担当してくれる小太りの中年男性が部屋をノックして「終わった?」と尋ねてきた。そこからの記憶はあまりない。思っていたよりも綺麗なオフィスを後にして、〈面接ありがとうございました〉 と面接担当者に一通のラインを送る。「こんな面接でも合否があるんだ」と思いながら、満員の山手線に乗り込んだ。
(つづく)
文:神野藍