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人生の中で自分の力で選び取れるものがないのなら……江國香織著『シェニール織とか黄肉のメロンとか』を読む【緒形圭子】

「視点が変わる読書」第8回 『シェニール織とか黄肉のメロンとか』江國香織著(角川春樹事務所)


何が起きるか予測がつかない。これまでのやり方が通用しない。そんな時代だからこそ、硬直してしまいがちなアタマを柔らかくしてみましょう。あなたの人生が変わるきっかけになる「視点が変わる読書」。連載第8回は、江國香織著『シェニール織とか黄肉のメロンとか』を紹介します。


江國香織著『シェニール織とか黄肉のメロンとか』(角川春樹事務所)

 

 

◾️一つの世界が複眼的に描かれる、江國の物語

 

 年末、大学のバドミントンサークルの同期女子5人で集まり、恵比寿で飲んだ。20年前からニューヨーク在住のNが日本に一時帰国するのに合わせて集まるようになったのだが、私が参加するのは6年ぶりである。

 大学生の頃、「30歳になるなんて考えられない!」と言っていた私たちももう還暦間近。38年も前の大島旅行や北海道旅行の写真を見て盛り上がり、「Tさんが結婚式で着た打ち掛けは、お母様じゃなくてお祖母様から譲られたもの」とか、「新婚のE子ちゃんの家で出されたのは、たこ焼きじゃなくてライスコロッケ」とか記憶の修正を行い、夫や子供や仕事の話をして、時が経つのを忘れた。

 私たちの大学時代、バドミントンは今ほどメジャーなスポーツではなかった。テニスとスキーが全盛で、バドミントンのサークルと言うと訝しがられたものだ。体育会から分かれて成立したサークルだったので、活動はいたって真面目。週三回、都内の体育館で練習があり、定期的に他校と試合があり、春と夏は一週間の合宿があった。

 そうした活動を4年間一緒に続けた私たちは長く密な時間を共にしたといえる。たかが大学のサークル活動と言われてしまえばそれまでだが、その時々、私たちは一生懸命だったし、楽しかったし、充実もしていた。しかも、お互いにそのことを知っている。だからこそ、卒業から35年が経ってもこうやって集まるのだし、集まれば一瞬にして、あの頃の空気が戻り、それぞれ年齢を重ねた相貌に昔の面影が蘇るのだ。

 江國香織の『シェニール織とか黄肉のメロンとか』の主人公である諏訪民子、清家理枝、室伏(旧姓・瀬能)早希は大学時代、「三人娘」と呼ばれた仲のいい友人同士だった。大学卒業後、民子は結婚せずに物書きになり、理枝は外資系の金融会社に勤めて長くイギリスで暮らし、結婚したものの離婚、早希は結婚して二人の子供を持つ主婦におさまった。境遇の違いにもかかわらず三人の友情は五十路を大きく越えた今も続いている。

 物語は理枝が仕事を辞めてイギリスから日本に帰国し、民子の家に居候するところから始まる。理枝の両親はすでに亡く、実家は弟夫婦が住んでいる。日本での住み家が決まるまでの一時滞在であった。

 三人はすぐに西麻布のビストロに集まり、再会を祝う。シャンパンで乾杯し、次から次にあけられるワインや美味しい料理を堪能し、理枝がしゃべりまくり、民子がそのいちいちに反応し、二人の様子を見て早希が愉しむ。

 この三人に民子の母の薫、理枝の甥の朔、民子の友人の娘のまどかが加わった六人の視点で物語は語られ、進行していく。一つの世界を複眼的に描くのは江國の得意とするところで、彼女の多くの作品がこの手法で書かれている。

 年をとった母親が怪我をしたり、息子がいきなり結婚相手を連れてきたり、かわいがっている甥が警察に補導されたりと、彼女たちを取り巻く状況は大学時代とは大きく変わっているが、本人たちは変わらない。変わらないというより、変われない。それは理枝のこんな述懐に象徴される。

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緒形圭子

おがた けいこ

文筆家

1964年千葉県生まれ。慶應大学卒。出版社勤務を経て、文筆業に。

『新潮』に小説「家の誇り」、「銀葉カエデの丘」を発表。

紺野美沙子の朗読座で「さがりばな」、「鶴の恩返し」の脚本を手掛ける。

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