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気持ちという質量【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第14回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第14回


森羅万象をよく観察し、深く思考する習慣を身につけよう。すると新しい気づきが得られ、日々の生活はより面白くなるはずだ。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにある。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)され、絶賛発売中。


 

 

第14回 気持ちという質量

 

【子供の頃の出来事の影響】

 

 もう何カ月も小説を書いていない。しばらく書く予定もない。最近は、ゲラを読む仕事をのんびりと進めた。4月刊の小説新作のゲラと、6月以降に出る新書新装版のゲラ。後者は急に仕事が舞い込んできた。数年まえに出した新書を新装版として出し直したい、と出版社から依頼があった。ゲラを送ってもらい読み直したが、ほとんど直すところがなかった。数年では世の中も、そして作者自身も大して変化がないということか。

 今年初めての雪が降り、半日で40cmほど積もった。さっそく除雪機のエンジンをかけて1時間ほど作業。自動車を道路まで出せるようにした。翌日からは、庭園鉄道の除雪も始め、3日かけて無事に復旧し、氷点下の庭園内をぐるりと一周することができた。

 工作のプロジェクトも幾つかを同時進行している。最近多いのは、ミニチュアのエンジンに関係するもの。子供のときからエンジンが大好きで、小学生のとき最初に中古の模型エンジンを始動した体験から始まっている。実物のエンジンにも興味はあるけれど、大きすぎて手に余る。模型エンジンは小さいけれど、メカニズムは同じ。燃料を圧縮し、点火し、爆発させてピストンを押し、そして排気する。これを繰り返して、けたたましい音を立て回り続ける。回すだけで実に愉快で爽快だ。

 子供の頃の体験から一生の趣味が始まることは珍しくない。僕が担当の犬は、子犬のとき、僕が鉄道の線路の上に落ちた小枝を拾い横へ投げるのを見ていた。このため、今でも、地面に落ちている枝を拾うだけで大興奮し、投げると吠えながら駆け回る。枝を投げて欲しいとせがむ。自分でくわえるようなこともないし、投げた枝を追いかけるわけでもない。人が枝を拾って投げるところを見たい、という趣味だ。

 子供のときの思いが、その後の人生に支配的な影響を及ぼす、という場合、2つの方向性がある。1つは、今例を挙げたような「面白かった」あるいは「印象的だった」体験が発端の場合。もう1つは、「できなかった」という思いである。子供のときに、やりたくてもできなかったことを、大人になってから実現するものだ。これは、僕の世代では非常に多いと思う。というのも、僕たちの世代が子供の頃、日本は敗戦後でまだ貧しく、現代の子供たちと比べて、はるかに「できない」ことが沢山あったからだ。逆に、今の子供たちは、望めばできてしまう。欲しければ買ってもらえる。だから、大人になってから、自分は何をやりたいのかわからない、という具合になりやすいのかもしれない。

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✴︎森博嗣 新刊『静かに生きて考える』発売忽ち重版!✴︎

 

 

森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。どうぞご期待ください!

 

 

 世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?

 森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。

 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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