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「同じ」は同じではない【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第28回

森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第28回


森羅万象をよく観察し、深く思考する。新しい気づきを得たとき、日々の生活はより面白くなる――。森博嗣先生の新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」。人生を豊かにする思考のツール&メソッドがここにあります。 ✴︎BEST TIMES連載(2022.4〜2023.9)森博嗣『静かに生きて考える』が書籍化(未公開原稿含む)。絶賛発売中!


 

 

第28回 「同じ」は同じではない

 

【「同じ」とはいったい何か】

 

 日本人は「ひとつになる」ことが大好きだ。お祭りもそうだし、オリンピックなどでも、日本の選手を応援して、「みんなが同じ気持ち」であるような錯覚を楽しんでいる。祭りといえば、「鎮魂祭」「慰霊祭」といったイベントもあって、「同じ気持ち」は必ずしも歓喜だけに留まらない。

 周囲の人と「同じ」であることを無意識に求めている。「同調欲」とでもいうのだろうか。日本人は特にこれが強いのではないか、としばしば感じる。そう感じるのは、僕にはそれが欠けているからだ。

 たとえば、同郷であることになんら価値を感じないし、同級の人だからといって友達だとも思わない。どうして、オリンピックや甲子園で同じ国、同じ県の選手を応援するのか理解できない。何故、海外で活躍する日本人を、みんなが応援するのかもわからない。

 ネットの呟きを眺めていると、自分と同じ趣味の人に出会いたがっている人たちが大勢いることに気づく。つき合いたいのは、同じ楽しみを分かち合える人だという。相性が一致していることが重要らしい。それはどうしてなのか? これも僕には不思議でならない。そんな一致を求めたことが、僕にはないからだ。

 僕の場合は、むしろこの逆で、自分にないものを持っている人に興味がある。自分と違うタイプの人と出会いたい。自分と同じ意見の人と議論をしても意味がないし、自分と同じものが好きな人と、いったい何の話をするというのか、と疑問を抱く。

 さて、そもそも、この「同じ」とはどういう意味なのか、少し考えたくなった。何が同じなのか、何をもって同じと判別するのだろうか?

 僕が持っている感覚でいうと、基本的に「同じ」人はいない、「同じ」ものが好きな人はいない、すなわち、誰もが「違う」、みんなが必ず違っている。僕はそう認識しているから、「同じ」であることの価値がわからないというよりも、「同じ」であることなんてありえない、と思っているのだ。

 では、多くの人たちは、どうして「同じ」だと思えるのか。実は、ここに決定的な違いがある。おそらく、大勢の人たちはこんなことを意識さえしないのだろう。

 たとえば、人数を数えるときに、1人、2人と数字で表す。スポーツでは両チームとも人数は「同じ」というルールがある。しかし、同じ1人でも、有名選手と素人では、大きな違いがあるはずだ。どうして、「同じ」ように1人と数えるのか?

 ここに、「同じ」のマジックがある。本当は、非常に難しい話になるのだが、もの凄く簡単にいってしまうと、ようするに、最初に「定義」が存在し、その定義でまず範囲を決め、その範囲に含まれているものは、「同じ」とみなしている。だから、数えられる。世の中の「同じ」とは、「だいたい同じくらい」という意味なのである。

次のページ「同じ」という認識はデジタル

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 〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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