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第6回:「驚く 画像 彼の名前」

 

<第6回>
10月×日 【驚く 画像 彼の名前】

しゃっくりが止まらなくなった。

困った。どう対処すればいいのだろうか。
とりあえず水を飲んでみるが、一向に治まる気配がない。こうなってくると、しゃっくりを止める最もスタンダードな方法「誰かに驚かしてもらう」を試すほかないのだが、残念ながら僕はいま、部屋にひとりである。今日は一日、誰かに会う予定もない。

しかたがないので「驚く 画像」で検索。
世界のビックリ画像を眺めることによって自らを驚かせるという、実に悲しいセルフサービスのしゃっくり治療を行うことにした。
豚の乳を吸う子猫たち。
背中から火炎がのぼる男。
中国雑技団みたいなことになってる車の事故現場。
芸術的なラテアート。
崖っぷちにいる犬。

ネットには世界中から集められたビックリ画像が、脈略なく雑多に置かれている。
それらを非常にぼんやりとした気持ちで眺めていく。

だめだ、全然驚かない。
無意味な画像を眺めているだけで小一時間が経過していて、そのことには少しだけ驚く。

止まらないしゃっくりを抱えたまま、僕はある男のことを思い出していた。

その男は芸人だった。

数年前、僕はお笑いライブの構成の仕事で、彼と出会った。
その彼からある日、「こんど単独ライブを行うのだが、相談に乗ってほしいことがある」という打診があった。

ファミレスで彼と会った。彼は何度も「お客さんが驚くようなことがしたい」と言っていた。彼は、行き詰っていた。
閉塞感のあるお笑い業界の中で、新しいことに挑戦してみたい。お客さんを「わっ」と驚かせてみたい。しかし、それが思いつかない。

僕はいくつかのアイディアを彼に話したが、彼の顔は晴れなかった。もっと斬新で、お客さんが心の底から驚くようなアイディアを、彼は求めていた。

そして単独ライブ前日、彼からメールがあった。
「絶対にお客さんが驚くようなアイディアを思いつきました」
短い文面の中に、自信がみなぎっているのがわかった。

そしてライブ当日、僕は客席から彼の姿を見守った。
さあ、どう驚かせてくれるんだ?!

しかし、彼のライブは、思いのほか淡々と進行していった。
「平凡」、いやはっきり言ってしまえば「平凡以下」なネタばかりであった。僕を含む客席はライブ中、一度も驚くどころか、笑いに湧くこともなく、終演後にパラパラとした拍手だけが残った。

そしてその小さなライブハウスをあとにしようと出口にむかったとき、信じられない光景を目の当たりにした。
出口の脇から、待ち構えていた彼がお客さんに向かって「わっ!」と叫んで飛び出してきたのだ。

「お客さんを『わっ』と驚かせたい」。
そんな情熱が煮詰まりに煮詰まった結果、導き出された彼なりの答えが、これであった。シンプルすぎる答えであった。

お客さんたちは、そんな「わっ!」と出てきた彼に驚きこそしていたが、すぐに露骨な不快感を表情に浮かべていた。
当たり前だ。中途半端なネタを見せた上に、出口で「わっ!」と叫ぶ。ふざけている以外のなにものでもない。

その単独ライブから一か月後、彼からまたメールがきた。
「芸人を辞めることにしました」

以来、彼の消息は知らない。

彼のことをずっと忘れていた。彼はいま、どうしているだろうか。
気になって彼の名前をグーグル検索。
すると彼の名前が載った過去のニュースサイトがいくつも出てきた。

彼は、一年前に、結婚詐欺で逮捕されていた。

すごく驚いた。
気づくと、しゃっくりは止まっていた。

 

*次回からは週に1回(毎週水曜日)の更新になります。お楽しみに!

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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