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第11回:「ラーメン 嫌い」(後編)

 

<第11回>

11月×日【ラーメン 嫌い】(後編)

前回からの続き。ラーメン屋に入ったら、店内がガラガラなのにもかかわらず、隣に男の人が座ってきて…)

 

僕は、こういった「ある種」の人たちを呼び集めてしまう能力をなぜか持っている。

以前、定食屋に入った際、シャツをズボンにインさせた「いかにも」な青年に「清原選手ですよね?」とずっと声をかけられ、僕は黒くもなく長渕と仲が良いわけでもないのに最後はしかたなく「清原」とその青年の持っていたノートにサインをした。

他にも焼肉屋で見知らぬおじさんに「ずっと抱きしめていたい虎がタケノコほり?」という完全に日本語のルールを無視した質問を投げかけられたり、寿司屋で三年は風呂に入ってなさそうな女の人に「これ、あげる」と使い捨てのティッシュをビニール袋パンパンに詰めたものを渡されたり。

そのたびに僕は急激に食欲が減退し、ほぼなにも食べられずに店をあとにしている。

(ここのラーメンも、きっと残すことになるに違いない)
その直感は、当たっていた。

僕の隣に座ったその男の人は、ラーメンが来るまでの間、僕に向かって矢継ぎ早に質問を重ねてきた。

「どうしてこの店を選んだのか」
「この店の店長の名前を知っているか」
「僕は鶏ガララーメンが好きだが、ガラにされた鶏はどんな詩を歌うのか」

と、ラーメン屋の話題から徐々にサイコパスじみた話題へとスライドを始め、ラーメンが到着するとピタッと黙り、その男の人は一心不乱に器を啜り上げはじめた。

僕は限界を迎え、麺を三本食べただけで店を飛び出した。
男の人の「ずるるるる!」という音だけが、ドルビーサウンドのように背後で響き渡っていた。

家に帰って「ラーメン 嫌い」と検索バーに打ち込んだ。
なんだかもう、今日のあの一件のせいで、自分は完全にラーメンが嫌いな側の人間になってしまったような気がする。もうラーメンを食べることはこの先の人生、ないのではないか。

「ラーメン嫌い」、それはマイノリティな人間だと思われる。
ラーメンを「好きか嫌いかわからない」人は大勢いるだろうが、「ラーメン嫌い」は圧倒的に少ないはずだ。僕は「ラーメン嫌い」として世間の冷たい目に晒されながら生きていけるだろうか。自信は、ない。
同志を探さなければ。ネットで同志を、見つけなければ。

エンターキーを押す。「ラーメン 嫌い」でグーグル検索。

いる。「ラーメン嫌い」は、思いのほか、いる。
それらの人々の、ラーメンが嫌いな主たる理由。

「単純に美味しくないから」
なんと潔い理由であろうか。

「脂っぽくて、嫌」
なんと堂々とした理由であろうか。

「あれは食べ物でないから」
根底を覆す、なんと斬新な理由であろうか。

ブラウザを閉じ、考える。
僕にはこんな、正面切って「ラーメンが嫌い」と言える理由も勇気も持ち合わせてはいない。やはり僕はただのラーメンが「好きでも嫌いでもない」人間だったのだ。
僕のこの、ラーメンに対するはっきりとしない中途半端な想い。今日のあのラーメン屋の男は、そんな僕の心の隙間を見つけ、ぬっと入ってきたのだろう。

はっきりと、ラーメンを好きになろう。そうすれば、もう二度とあの男は僕の前には現れないはずだ。
そう決心した。

それにしても、麺を三本しか食べてはいないが、今日の店のラーメンは本当に不味かった。
なんというか、紅白帽のゴムの部分の味がした。

 

*本連載は、毎週水曜日に更新予定です。

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ワクサカソウヘイ

わくさかそうへい

1983年生まれ。コント作家/コラムニスト。著書に『中学生はコーヒー牛乳でテンション上がる』(情報センター出版局)がある。現在、「テレビブロス」や日本海新聞などで連載中。コントカンパニー「ミラクルパッションズ」では全てのライブの脚本を担当しており、コントの地平を切り開く活動を展開中。

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