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森博嗣 道なき未知「情報とは何か?」

人気作家で工学博士・森博嗣が贈る珠玉のエッセィ


BEST TIMESの人気連載だった森博嗣先生の「道なき未知 Uncharted Unknown。不可解な時代を生き抜く智恵や考え方を教えていただきました。同タイトルで書籍化され、多くの読者の心を掴みました。あれからもうすぐ5年。新型コロナ感染の流行、ロシアのウクライナ侵攻、経済格差の広がりやポリコレ騒ぎの数々・・・時代はさらに不確実で不安定で物騒になってきた、といわれています。そんな時だからこそ、森先生のお話を静かに聴いてみたい。そして世の中を落ち着いて観察してみたい。浮き足立つ時代にほんとうに大事な生きる構えとは何かを知るために・・・。あたらしい連載エッセィ「森博嗣 静かに生きて考える -Thinking in Calm Life-」が4月18日より毎週月曜日配信でスタートします!その前に、大好評だった連載「道なき未知」より4本の記事を配信いたします。お楽しみください。


 

情報とは何か?

 

■情報に敏感でありたい

 情報というのは、生ものである。自分から採りにいったものは、生きた情報だが、誰かからもたらされた場合は、ほとんど死んでいる情報だと考えて良い。死んでいても、まだ食べられるくらいに新しければ、それでも充分だろう、というのが一般的な考え方のようである。

 日本では信じられないことだが、ある国へ行くと、たとえば食品店で鶏が生きたままで売られている。死んだ鶏を買う人はいない。食べるまえに自分で鶏を殺すのが常識なのだ。同様に、情報も自分の中に取り込まれた瞬間、あるいはその直前に殺される。情報は死んだもの、固定されたものになって認識される。その後は変化しない。他者を介した情報が死んでいるのはこのためだ。

 さて、よく情報が手に入らない状況が訪れる。たとえば大災害があったときなどは、情報がなかなか伝わってこない。大きな震災などがあると半日くらいは何が起こったのかわからない。ここから学べるのは、「情報がない」こと自体が既に、非常に重要な情報だということである。伝わってくるはずのものがこないのだから、並大抵のことではない、という重大な判断ができる。

 逆に、馬鹿に大袈裟に(しかも必要以上に繰り返し)伝えられる情報は、実は大したものではない。大騒ぎさせて、誰かが儲けようと仕掛けているだけのことで、慌てるような事態ではない。「もうすぐ○○が品薄になるから今のうちに買っておけ」といった情報は、つまりは宣伝である。真に受けると、高いものを買わされるだけだ。

 こんなことからもわかるように、情報に敏感であれというのは、情報を沢山取り込めという意味ではなくて、情報の殺し方に注意したほうが賢明だ、ということである。

 

■生きている人間は情報ではない

 ところで、「自分は何者か」ということを早くはっきりさせたい、というのが若者の傾向である。これは、自分の「情報化」といえる指向だ。「自分らしくありたい」というのも同じで、ようするに自分を明確にしたい。明確にすれば、なんとなく自分が確立できるような気がする。いわゆる「ぶれない」ものに憧れている結果だろう。

 僕もそうだった。四十代になるまではシンプルなものを求めて、無駄なものを極力排除して生きてきた。でも、それは間違いだった。

 生きているうちは、どうしたって単純にはならない。決まりきった形にはならないのである。好きなものがずっと好きなわけでもなく、どんどん興味は移り、生き方も変わるし、自分の将来ビジョンだって定まらない。今だって、僕はふらふらしている。ただ、今はふらふらしていることが悪いとは感じなくなった。

 人間が情報となるのは、死んだときである。死んだときに、その人はどういう人だったかが決まる。誰だって、死ねば確固たる人になれる。もう絶対にぶれることはない。

 これはつまり、生きているうちは「未知」だということである。

 生き方を求め、道を探している人は、間違っているわけではないけれど、しかし、そんなものが本当に見つかると思えるのは、つまり死ぬ間際のことで、もう生きられないと決まったときに、「ああ、これが私の生き方だったのか」とわかるものなのではないだろうか。死ぬときになって初めて、自分が歩いてきた道の全貌が見える。もうその先がないから、道が定まるというわけだ。

 

■禅問答か

 またまた抽象的になってしまった。具体的なことは、誰にでも理解ができるが、抽象的な話は、抽象化できる人、あるいは内容を自分の人生に当てはめて展開できる人にしか通じない。それはつまり「聞く耳」を持った人という意味になる。

 方向性のヒントというのは、そういう聞く耳を持った、情報に敏感な人にしか捉えられない。なにか自分にとって役に立つものはないか、と探している人は、ヒントを展開して、自分の道筋を見出すことになる。そうでない人は、「ここには自分を導いてくれる地図はない」と早々にそっぽを向いてしまう。

 自分の道を見つけ出すかどうかは、つまり「未知」なるものに耳を傾け、それらを自分の条件に展開して、自分のために活かそうという姿勢があるかないかによる、そこで明暗が分かれるのではないか。ちなみに、僕はこの「明暗が分かれる」という言葉があまり好きではない。暗いのがけっこう好きだからだ。

 繰り返そう。多くの情報は死んでいるものであって、それはそのままでは活かせない。単なるヒントでしかない。それを生き返らせるには、「想像力」という人間だけが使える魔法が必要なのである。

 

近所のサイクリングコースは未舗装。

 

文:森博嗣

 

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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