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なぜ、日本を「戦争をしない国」にしていきたいのか?

左派が表明するべき愛国心

若者たちの「素朴な愛国心」の正体

 

 2016年7月の参議院議員選挙は選挙権が18歳以上に引き下げられてから初めて行われた大規模な選挙だったが、若者たちは実際にどのような投票行動を行ったのだろうか。
 日本経済新聞の年代別投票先の分析*1によると、10代だけで見れば自民党が単独過半数となり、20代、30代では与党が野党の倍の議席を獲得するという結果となった。対照的に、60代だけは野党が過半数を占めている。
 この分析では野党の中に「おおさか維新の会」や「日本のこころを大切にする党」などのいわゆる改憲勢力も含まれているが、傾向として10代から30代の若者たちの大多数が保守的な候補者や政党に投票したことがはっきりと見て取れる。

 第二次世界大戦時に英国首相を務めたチャーチル(1874~1965)は「20歳のときにリベラルでないなら、情熱が足りない。40歳のときに保守主義者でないなら、思慮が足りない」という言葉を残した*2。従来であれば若者はリベラル、進歩的、革新的で、年長者は保守的というイメージが一般的であるのに、現状はその逆になっているようだ。
 最近ではSEALDsの運動によって若者たちのリベラルな主張が盛んに行われたように見えたが、事実として日本の大多数の若者は保守的なのである。
 若者が保守的である理由の一つとして考えられるのは、多くの若者たちが「素朴な愛国心」から右派の主張に共感し、左派の主張に反発したということではないだろうか。

 人は誰しも親しみのある故郷の風土や文化、直接顔が見える身近な存在に愛着を感じ、親しみのない遠くのものには非寛容的になるという自然な感情を持つ。自分たちこそが優れた民であり他民族は蛮族であるとするような感覚は、洋の東西を問わず、古代からあらゆる民族の文化に見いだされる素朴な感情であった。
 現代人もまた、表向きは否定していたとしても、心の奥に湧き出すそういった感情から完全に抜け出すことは難しい。
「愛国心」を意味する英語“Patriotism”はラテン語の「故国・郷里」を意味する“Patria”を語源としている。自分が生まれ育った土地や、そこに住む自分と同じ言葉を話し同じ文化を共有する人々、それらから成り立つ国に対して親しみや愛着、忠誠の感情を抱き、自分たちとは大きく異なる者に距離を感じるのは人間にとってごく自然なことであり、それ自体は特別に善いことでも悪いことでもない。

 一方、こういった自然な感情は、たとえ誰もが心の奥に抱いたとしてもあくまでも隠されるべき「本音」であって、自分たちとは異なる他者に寛容になり同じ人間として受け入れるという「建前」によって「本音」を抑えてきたのが近代以降の人間である。しかし、たとえばアメリカ大統領選挙のトランプ旋風、イギリス国民投票のEU離脱支持という現象を見ると、現代において多くの人々が「建前」を捨て「本音」の主張を支持するようになったのではないかとも思えてくるのだ。
 メキシコとの国境に壁を作ったり、イスラム教徒を公然と批判したりするトランプの主張は「建前」としての観点からすればとんでもない考え方だが、アメリカ国民の多くは、「本音」としては移民やイスラム教徒への反感や恐怖心を抱いているのだろう。イギリス国民もヨーロッパの連帯という崇高な理想よりも移民への反感や自国の利益を優先したいという「本音」を抱き、隠すことなく露わにしたのではないか。

 こういった「本音」の主張が公に出されるだけでなく、多くの人に支持されるようになったのはインターネットの普及と無関係ではないだろう。匿名で投稿できる掲示板やSNSでは好きなだけ「本音」を主張できる。そういった意見を目にした人々は、心の奥に隠していた「本音」を抱いていたのは自分だけではないのだと気づくことになる。
 さらに、「本音」の意見に賛同し始めた人は検索によって自分から能動的に共感できる主張を探したり、そういった意見が掲載されているホームページで紹介されているリンク先に行ったりして似たような主張に数多く触れることで、自らの「本音」に確信を持ち、今まで正しいものと信じてきた「建前」は嘘で自分たちはずっと騙され続けてきたのだと信じるようになるだろう。反対意見の主張には目を通す機会がなくなり、賛同できる意見ばかり目にするようになれば、もはや自分の考えを疑うこともなくなる。

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大賀 祐樹

おおが ゆうき

1980年生まれ。博士(学術)。専門は思想史。

著書に『リチャード・ローティ 1931-2007 リベラル・アイロニストの思想』(藤原書店)、『希望の思想 プラグマティズム入門』 (筑摩選書) がある。


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