糖質制限ダイエット
夏井睦医師の名著を読む
炭水化物は人類の敵なのか?
糖質制限といえば、いま最も議論が熱いダイエット法だ。なかには、糖質制限は実は危険!なんて主張もあるが、そのあたりの議論はとりあえず置いておこう。
かくも絶大な人気を博すようになった糖質制限について、『体にいい食べ物はなぜコロコロと変わるのか』(KKベストセラーズ)の著者の畑中三応子氏は、同書の中で次のように述べている。
《糖質制限の人気を決定的にしたのは、間違いなく『炭水化物が人類を滅ぼす』(光文社新書、2013)だろう。書いたのは、自分も半年で11キロやせて高血圧と高脂血症も自然に治っていた「糖質セイゲニスト」の夏井睦〔まこと〕医師。傷の湿潤〔しつじゅん〕療法のパイオニアである。
(中略)
挑発的なタイトルに思わず購入し、糖質制限とはどんなものか、具体的に知った人は多いだろう。ダイエット音痴〔おんち〕な私もその一人で、100ページ読んだ時点で人に喋りたくなり、事務所内でしばしプチ糖質制限が流行した。
何十冊も出ている糖質制限本、男のダイエット本のなかで本書の特徴は、読み物として抜群におもしろいことに尽きる。ゆえに新聞、雑誌、ネット上の書評もジャンルを超えた広がりを見せて、糖質制限の認知度を上げるのに貢献している。
「本書では、中年オヤジでもスリムに変身できる方法を紹介する。だが、本音を言えば、できれば同年代の男性には読んで欲しくないと思っている。(中略)なぜか。この方法なら、誰でも簡単に、短期間で努力なしに、ほぼ確実に痩せられるからだ。痩せないわけがない、という驚異のダイエット法だからだ。(中略)しかし私としては、自分が痩せればそれでいいのであって、自分以外の同年代のオヤジたちには痩せてほしくないのである」
冒頭でこうおちゃらけてはじまり、糖質制限のノウハウをどの本よりわかりやすく解説しつつ、実はこれまでの食の常識を破壊するようなアジテーションがぎっしり。後半からは地球規模の文明論、生命論を展開して「神々の黄昏――穀物は偽りの神だった」で大団円〔だいだんえん〕を迎えるという壮大な内容なのである。
以下、刺激的なフレーズを拾い出して要約してみた。
○糖質は嗜好品〔しこうひん〕である →「主食」のご飯やパンを完全否定。
○糖質を要求するのは「体」ではなく「心」だ → 糖質過剰摂取者は「糖質中毒」と警告。
○炭水化物は必須栄養なのか。「三大栄養素」の概念がそもそも間違っているのではないか → 栄養学の「セントラル・ドグマ」を否定。
○「食と栄養」に関しては、大昔からの理論が無批判に受け継がれ、食物に対する信仰が栄養学の理論に組み込まれた結果、「食の科学」と宗教が渾然〔こんぜん〕一体となり、何が科学的に正しい考え方か見えにくくなっている → 米主体の「伝統食」と近代栄養学を批判。
○国立健康・栄養研究所の「食事バランスガイド」は糖質過多 → 科学的根拠はなく、たんなるアンケート結果にすぎないと批判。
○糖尿病のカロリー・糖質制限の食事療法は矛盾だらけ → 病気が治らないほうが製薬会社は儲かる、マッチポンプだと批判。
○嗜好品である糖質の持つ習慣性が、労働者支配の手段として有効に作用した → 労働と糖質の関係を分析。
○雑食哺乳〔ほにゅう〕類の人間は、本来は肉食だったと考えざるをえない消化管構造をもっている → 菜食主義への疑問。
といった調子で、糖質制限を足がかりに栄養学や食文化の常識に揺さぶりをかけ、食生活のパラダイムシフトを喚起する本なのである。
食後の血糖値の急激な上昇が陶酔感と幸福感をもたらし、その後に血糖値が下がりはじめると、血糖切れでイライラする。糖質には麻薬と同じような中毒性があり、糖質以外の食べ物では心は満たされないと著者はいう。だが、糖質が嗜好品なればこそ、人は糖質を求め、食文化を育んだのではないだろうか。文明と文化、生命史について深く考えさせられる糖質制限は、ダイエットを知的な趣味に変えたという意味でも、パラダイムシフトになるかもしれない。》
果たして、「糖質制限は実は危険!」派とのバトルは今後どう進展するのか。ダイエット業界の流行から目が離せない。 (終)