わずか14gの種籾から全国区の誉れ高き銘酒へ。「府中誉」
酒探訪②渡舟 府中誉(茨城・石岡)
■もろみを搾って終わりではない。瓶詰めまで丁寧な酒造りを
蔵ではたった今、米が蒸しあがったところだ。もうもうと湯気を挙げる釡をぐるりと取り囲むように蔵人が集合している。府中誉のスタッフは全部で6名、次世代を担ってゆくであろう若い世代も頑張っている。このスタッフ全員で酒の仕込みから瓶詰、火入れまでを協力して行う。
杜氏という呼称も廃し、全員が最初から最後まで酒造りを行うことに意義があると山内さんは考えている。それを「造り半分、詰め半分」という言葉で言い表す。酒を仕込んでもろみを搾るまでが前半、瓶に詰めて出荷するまでが後半。そのふたつが揃って初めて酒造りは完成するという意味だ。
府中誉が短稈渡船で醸す酒は、吟醸酒が中心。フレッシュでフルーティな香りと口の中でジュワッと広がる清冽な瑞々しさが特長である。その繊細な味わいを作り上げるために、一番重要な作業は洗米だという。山田錦のように交配で生まれた品種ではなく、野生種である短稈渡船は米が柔らかい。そこで吸水から蒸しまでが非常にデリケートな作業になるのだ。磨いた米は空気中の水分を吸わないように管理し、給水前にすべての米の水分量を必ず測ることは欠かせない。「特に短稈渡船は吸水が早い。水温が高いとあまりにも早く水を吸ってしまうので、水温は8℃くらいに下げておいてゆっくり吸わせます。それでも何分何十秒という単位ですよ」
さらに仕込みから瓶詰までなるべく酸素に触れさせず、また揺らさないように細心の注意を払っている。酒にストレスを与えないためにはどうすればいいのか。試行錯誤する山内さんにヒントを与えたのはワイン造りの技術だった。府中誉ではもろみを搾るためのポンプや搾った酒を入れておく一時タンクをワイン用に入れ替えたという。
「以前は日本酒用のピストンポンプでもろみを運んでいましたが、それではもろみがかなり揺れるので酒にストレスがかかってしまうんです」
現在使用しているワイン用のポンプはチューブを使ってそっと押し出すタイプで、もろみが寝たまますーっと運ばれるようなイメージだという。
「造りたての酒は本当に美味しい。できるだけそのままの美味しさを届けたいんです」と、うれしそうに語る。
その努力の賜物か、2017年には関東信越国税局酒類鑑評会で最優秀賞に選ばれた。さらに国内最大級の「SAKE COMPETITION 2018」では純米大吟醸部門でゴールド、また「インターナショナル・ワイン・チャレンジ」では日本酒純米吟醸部門で2年連続ゴールドを獲得。アメリカやアジアへ輸出も増えている。短稈渡船を復活させてから30年余り、成功にあぐらをかかず前を向いて歩いてきたことで、世界に通用する日本酒へと飛躍することができたのだ。
平成の世と共に歩んで来た日本酒「渡舟」。山内さんは今年、新しい時代を迎えるにあたり、新たな挑戦も計画しているという。飲んで下さった方に「うまいなぁ」と言ってもらえる酒を目指し、あくなき挑戦はまだまだ続く。山内さんの酒造りに対する気持ちは、30年前と変わらずひたすらまっすぐだ。
(『一個人』2月号より)
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