失敗のススメ いま、日本に必要なこと【『一個人』連載「両極化の時代」&「創造への信念」スペシャル対談】
【両極化の時代】✕【創造への信念】スペシャル
■極度に失敗を恐れる正解ありきの日本社会
松江 私たちの従来型の社会では多くの上の世代はまず「正解」を求めます。正しい答えというのは、権威ある人が持っているとか、お上(かみ)がつくってくれると考えます。自分で問題を立て、自分で正解を導いて、それを主張するというよりも、はなから権威あるものにすでに「答え」があり、その過去の前例に「ならう」ことが正解とされてしまっているのです。日本の場合、周囲の外部環境は変わっているのに、頑(かたく)なに前例を守る。しかも失敗しないようにするとなると、ただ現状にしがみつくだけになってしまう。
日本はイノベーションが苦手だという議論もよくあるのですが、現場で新しいものをつくり、生み出すのが苦手なのではなく、既存(きぞん)のものに重点が置(お)かれるため、新しいものをスピード感をもって生み出せない、その決断ができない。そこに日本社会のジレンマがあるのではないかと思うのです。つまり、「間違っちゃいけない」という失敗を恐れるメンタリティが日本にはあると思うのです。
井之上 いまの話はとってもいい話ですね。元・伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)さん。彼がこの間、面白いことを言ったんですよ。「アメリカはネガティブリストだと。日本はポジティブリストでしょう」と。それはどういうことかと聞いたら、ネガティブリストは「してはいけないことだけをリストにあげて、それ以外は何をやってもいい」。
しかし日本は、役所でもお伺(うかが)いを立てることになる。私は経営者ですから、社員から「やってもいいでしょうか?」と聞かれたら、まず「君はどう思うのか?」ということを聞きます。やってはいけないことはベーシックなことだけで、あとは自由にやってかまわないと。そのベーシックなものとは何か、それが倫理なんですね。そうすると社員がのびのび仕事でチェレンジしていきます。日本に求められているのは、かつての渋沢栄一(しぶさわ・えいいち)や高橋是清(たかはし・これきよ)のようなプラグマティスト(実践主義者)です。
アメリカのシリコンバレーでよく言われることは、失敗したら「よく失敗した!」と拍手さえされる。つまり、失敗で学ぶのです。
例えば、日本企業の内部留保(利益剰余金)が470兆超円(財務省「法人企業統計」)と言われています。そのうちの1〜2割を自由に新しいことに投資するだけで、日本は変えられるはずなのです。
松江 イノベーションというのは、失敗から学ぶ。さらに価値判断の軸を理念や倫理におく。これに、日本人も確信をもっていい時代にきていると思います。
日本は長寿社会で、長寿企業が多いです。長寿企業の研究をしていると経営理念や、哲学がある会社が伸びていくことは、ある種歴史が証明しているわけですが、これだけ変化があり、先が見えない時代に、コロナ禍を境(さかい)に多くの会社が「パーパス(志)経営」というものを考え始めています。いわば、自分たちの社会における存在意義と価値観、正義とは何かということをもう一回問い直し、再定義する流れだと思うのです。こうした流れは、とくにコロナ禍で企業も個人も生きていく上で一番大事なことだと気づき始めたからなのではないかと思います。
だとすれば判断軸は、価値観や倫理において、リスクをとって投資をするモメンタム(勢い)にならないといけないのですが、日本は確実なものが見えないときは「石橋を叩たたいても渡らない」のです。
井之上 例えば、いまESG(環境・社会・ガバナンス)投資という言葉が流行しています。世界ではESGに約3400兆円投資していますが、日本はまだ232兆円です。世界全体の7%にすぎない(Global Sustainable Investment Review2018)。ヨーロッパ全体で46%、アメリカは39%近くある。
では、その違いは何かといえば、日本は結局まだ「儲(もう)かる」仕事が中心であると。つまり社会と価値観を共有しながら役立つ事業への投資は世界と比して少ない。例えばCO2を減らすために役所も企業もようやく動いたわけです。
しかし、とにかく日本は遅い。外部環境の変化をしっかりと読み取れていない。たしかに、失敗するかもしれません。しかし、470兆超円の内部留保の1割でも、失敗も勘案(かんあん)して投資すれば、しっかりと次の時代のグローバル・スタンダードを担になう世界のリーダーとして日本は準備できるはずです。
■日本のリーダーの条件時間軸と価値軸のある言葉
松江 これからの日本では〝両極〞のリーダーが求められると思うのです。トップが行う部分と現場が行う部分の両極でリーダーが必要なのです。トップが長い時間軸の中で全体を構想する。これは最も重要なのですが、同時にデジタル化がこれだけ進み、変化の早い時代では、ほかのところは現場の失敗を許容しながら自発性や創造性にまかせていく。私は現場は末端(まったん)ではなく先端だという言い方をしているのです。しかし、日本のリーダーに決定的に欠けているのは、全体を構想して時間軸でダイナミック、動的に語るということです。
私が行政や会社組織の政策を見て思うのは、「いつまでに何ができていないといけないのか」という時間軸が明確ではないのです。それが日本の組織全般の弱点です。時間的な制約の中で優先順位をつけて、何をどういう道のりで行くのかを明らかにするのが本来の戦略なのです。
井之上 そのためには、トップには時間軸と倫理的な価値観を有し、自分の哲学や目的意識をもったストーリーテリング能力が必須になると思うのです。
PRは周(まわ)りの多様なステークホルダーと良好なリレーションシップを構築し、目標・目的を達成するコミュニケーションベースのマネージメント手法。そして、こうした能力を日本人が身につけると、より良い方向にリードする強力な国になると思うのです。
いのうえ・たかし 日本のパブリック・リレーションズ(PR)の第一人者。「自己修正モデル」の提唱者。(株)井之上パブリックリレーションズ設立代表取締役会長。早稲田大学大学院公共経営研究科博士後期課程終了、同大学客員教授(2004-08)、京都大学経営管理大学院特命教授(12-)。国際教養大学客員教授(冬期プログラム16-18)、博士(公共経営)。
まつえ・ひでお デロイト トーマツグループCSO(戦略担当執行役)。中央大学ビジネススクール、事業構想大学院大学客員教授。フジテレビ『Live News α』コメンテーター。専門は経営戦略・組織改革・経済政策。著書に『自己変革の経営戦略』、全体監修『両極化の時代のデジタル経営』(ともにダイヤモンド社)など多数。
(一個人2021年夏号より抜粋)
- 1
- 2