「死にたい」が「殺したい」になるとき。登戸事件にも通じる、平成あの事件
事件から学べることは多いが…防止は簡単ではない
■事件から学べることは多いが…防止は簡単ではない
この「自殺が他殺になるという現象」はそれ以降も見られる。平成30年の新幹線のぞみ通り魔殺傷事件では、22歳の男が鉈とナイフで隣席の女性に襲いかかり、助けに入った男性が死亡した。
同居していた伯父は以前、この男から「俺は死ぬんだ」「生きる価値はない」という言葉を聞いていたが、
「“人を殺して刑務所に行く”とも言っていた。“働かなくても生きていけるところ、それが刑務所だ”と。私が、お前、生きたいんじゃん、死にたいんじゃないだろうと言ったら黙ってしまってね」
その生と死および自分と他人をめぐる曖昧な感覚が事件につながったのだとしたら、被害者は不幸というほかない。これが自殺なら、赤の他人の人生まで狂わせることはなかったのだが……。
このほか、平成11年の桶川ストーカー殺人事件は、女子大生を死に追い込んだとされる元・恋人が指名手配中に自殺するというかたちで幕を閉じた。また、死にたい人が集まるようなネット空間で、人が死ぬという事件も何度となく発生。平成10年のドクター・キリコ事件では「安楽死狂会」というホームページにおいて、青酸カリの入った「EC(エマージェンシーカプセル)」を自殺防止の「お守り」として買った女性がそれを飲んだ。売った側の塾講師の男性は、医師から連絡を受け、
「本当ですか。六錠ぜんぶ飲んだら即死だ。その女性が死んだら、僕も死にます」
と答え、自らも「お守り」によって死亡。平成29年には、ツイッターなどのSNSで「首吊り師」などと名乗り、死にたい人の相談に乗っていた男が起こした座間9遺体事件が世間を驚かせた。
自殺と他殺は紙一重というか、死にたい気持ちと殺したい気持ちは意外と近いのだろう。それゆえ「死にたい」が「殺したい」に変わるのも案外容易なのだ。こうした事件から学べることは多い。が、防止に役立てるのは簡単なことではない。
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『平成の死: 追悼は生きる糧』
鈴木涼美さん(作家・社会学者)推薦!
世界で唯一の「死で読み解く平成史」であり、
「平成に亡くなった著名人への追悼を生きる糧にした奇書」である。
「この本を手にとったあなたは、人一倍、死に関心があるはずだ。そんな本を作った自分は、なおさらである。ではなぜ、死に関心があるかといえば、自分の場合はまず、死によって見えてくるものがあるということが大きい。たとえば、人は誰かの死によって時代を感じる。有名人であれ、身近な人であれ、その死から世の中や自分自身のうつろいを見てとるわけだ。
これが誰かの誕生だとそうもいかない。人が知ることができる誕生はせいぜい、皇族のような超有名人やごく身近な人の子供に限られるからだ。また、そういう人たちがこれから何をなすかもわからない。それよりは、すでに何かをなした人の死のほうが、より多くの時代の風景を見せてくれるのである。
したがって、平成という時代を見たいなら、その時代の死を見つめればいい、と考えた。大活躍した有名人だったり、大騒ぎになった事件だったり。その死を振り返ることで、平成という時代が何だったのか、その本質が浮き彫りにできるはずなのだ。
そして、もうひとつ、死そのものを知りたいというのもある。死が怖かったり、逆に憧れたりするのも、死がよくわからないからでもあるだろう。ただ、人は自分の死を認識することはできず、誰かの死から想像するしかない。それが死を学ぶということだ。
さらにいえば、誰かの死を思うことは自分の生き方をも変える。その人の分まで生きようと決意したり、自分も早く逝きたくなってしまったり、その病気や災害の実態に接して予防策を考えたり。いずれにせよ、死を意識することで、覚悟や準備ができる。死は生のゴールでもあるから、自分が本当はどう生きたいのかという発見にもつながるだろう。それはかけがえのない「糧」ともなるにちがいない。
また、死を思うことで死者との「再会」もできる。在りし日が懐かしく甦ったり、新たな魅力を発見したり。死は終わりではなく、思うことで死者も生き続ける。この本は、そんな愉しさにもあふれているはずだ。それをぜひ、ともに味わってほしい。
死とは何か、平成とは何だったのか。そして、自分とは――。それを探るための旅が、ここから始まる。」(「はじめに」より抜粋)