慶應幼稚舎「6年間担任持ち上がり制」を支える細やかな個別対応
慶應幼稚舎の秘密③
“慶應義塾幼稚舎”の入試を評するときによく使われる表現だ。ここでいう「理Ⅲ」とは東京大学理科Ⅲ類。全国に82ある医学部の中でも、断トツの偏差値を誇り、国内の大学入試で最難関とされる東大医学部である。彼らのキャラクターのせいもあって、言い方は悪いが、「偏差値オタク」との呼称が理Ⅲの代名詞になっているほどだ。
ここまでの地位を築き上げた教育機関の教育は独特の手法を取っている。
弊害も指摘される慶應義塾の「6年間担任持ち上がり制」だが、一昔前は幼稚舎方式にならって、導入していた私立の小学校も多かった。しかし、その運用の難しさから、ほとんどの学校で、クラス替えを行う方式に戻している。実は幼稚舎でも、内部から「方式を改めるべきでは」という声がたびたび起こっていたという。
「6年間持ち上がり制が本当にベストの方法なのか、疑念を持っている教員は多く、学校内で何度も話し合いが持たれてきました。最近の公立の小学校で多い毎年のクラス替えがいいのか。かつて多かった2年ごとならどうか。はたまた、3年ごとにしてみたらと、いろいろシミュレーションしてみたものの、どれもしっくりこない。生徒の側に立って考えれば、6年間持ち上がり制よりもベターな方法はありえないという結論に至ったんです」
こう話す幼稚舎関係者は6年間担任持ち上がり制にさまざまな弱点があることを認めつつも、次のように続ける。
「問題点があれば、そのつど直していこうということです。決して生徒の逃げ道がなくなるようなことがあってはならないし、現状を常に注意深く見ていく必要がある。もちろん、父兄や教員が追い詰められる状況もつくってはならない。基本的に担任にクラスを任せながらも、何かあったときにはすぐに、学校全体で対処できる体制を構築していったんです。
ただ、これだけは言っておきたいのは、幼稚舎生が不登校になるケースは、他校に比べずっと少ない。数少ない不登校のケースを見てみると、その原因は6年間持ち上がり制にあるのではなく、個別対応がうまくいかなかったからにほかなりません」
学校側の対応の仕方に加え、父兄の理解の問題も非常に重大だという。
「入学希望者の父兄を対象に毎年夏に開いている『学校説明会』で、6年間持ち上がり制の内容と主旨について、かなりくわしく説明しています。その際、『ご理解いただき、共感していただけるご家族のお子さんに受験していただきたい』とお伝えするのですが、入学後、途中でクラスを替えてほしいという父兄がどうしても出てきてしまう。それを認めだしたら収拾がつかなくなるので、すべてお断りしていますが、理解の乏しいそうした父兄の場合、家での子どもとの接し方にも問題があるような気がします」(同)
ただ、以前に比べれば、クラス替えを求める父兄はずっと減っているという。思い悩んだ教員が自殺するといった大きなトラブルも近年は起きていない。何かあった場合の個別対応がうまくいっている証左といえるだろう。
KEYWORDS:
『慶應幼稚舎の秘密』
著者/田中 幾太郎
一説には東大理IIIに入るよりもハードルが高いと言われる慶應義塾幼稚舎。小学校“お受験”戦線では圧倒的な最難関に位置づけられるブランド校だ。
慶應大学出身者の上場企業現役社長は300を超え、断然トップ。さらに国会議員数でも慶應高校出身者が最多。エスカレーター式に大学まで上がれるということだけが、幼稚舎の人気の理由ではない。
慶應の同窓会組織「三田会」(キッコーマン・茂木友三郎名誉会長、オリエンタルランド・加賀見俊夫会長などが所属)は強い結束力を誇り、政財界に巨大なネットワークを張り巡らしているが、その大元にあるのが幼稚舎なのだ。
慶應では幼稚舎出身者を「内部」、中学以降に入ってきた者を「外部」と呼び、明確な区別がある。日本のエスタブリッシュメント層を多く輩出してきた“慶應”を体現し維持しているのは、まさしく幼稚舎であり、多くの者が抱くそのブランド力への憧れが人気を不動のものとしているのである。同書では、出来る限り多くの幼稚舎出身者にインタビューを行い、知られざる同校の秘密を浮かび上がらせていく。