生徒全員にタブレット端末を配布し、デジタル時代にも対応する慶應幼稚舎の教育
慶應幼稚舎の秘密⑥
情報科は専科科目であり、同じ専科教員が教えるので、同学年の4クラスでカリキュラムの内容があまり異なることはなく、ほぼ横並びの授業が行われる。
一方、担任が教える国語、社会、算数、総合などは前述したように、教員の考え方で授業内容が大きく変わってくる。担任を務める教員に、幅広い裁量権が与えられているからだ。その権限を生かし、近年、実験的な授業を試みている教員がいる。情報科の創成期から専科教員として同科の発展に尽力し、その後、担任を務めるようになった鈴木二正教諭だ。
担任に就いた鈴木教諭が始めた実験的授業とは、国語、算数、総合でタブレット端末を導入したことだった。それも、数台の話ではない。なんと、担任するクラスの生徒全員に、1年生のときからひとり1台のタブレット端末を持たせたのだ。そして、1年生で18時間、2年生で13時間の計31時間のカリキュラムを組んだのである。
生徒のタブレット端末の操作習得度に合わせ、段階をレベル1〜3に分け、授業を進めた。鈴木教諭は著書『AI時代のリーダーになる子どもを育てる』(祥伝社2018年刊)の中で、その内容について、次のように説明している。
レベル1については、「新しい文房具であるタブレット端末をどう使っていくのかというルールや、基本的操作を徹底的に習得してもらうことを狙いました。タブレット端末はどこに置いてあるのか。自分のタブレット端末を、どう取り出し、片づけるのか。(中略)
これらを教えるために、さまざまな約束事を守ってもらうと同時に、カメラ機能、お絵描きアプリ、漢字ドリルや計算ドリルといったアプリを活用しました」という。
生徒がタブレット端末を「自分の大切な文房具」と認識できるように、自己管理ができる環境を構築。そのために、鈴木教諭が自ら、生徒36人分の充電環境の備わった木製の保管庫を手づくり。そこにタブレット端末を収納できるようにした。
レベル2では、「個人学習で一通り習得した基本的なスキルを、グループ学習で展開」。グループでさまざまなアプリを使って、お話づくりを行い、発表する場も設けた。
レベル3では、生徒たちは「もはや教師の手助けがなくてもタブレット端末を使いこなせるスキルを身につけています」という段階に入る。「教育向けSNSを利用し、クラス全員が投稿を行い、その情報を共有し、ブラッシュアップ(上を目指す)し合うという協働学習を実施」した。
低学年のうちにタブレット端末に触れる機会を増やしたことで、こうしたICT(情報通信技術)機器を臆せず使いこなせるようになるわけだが、メリットはそれだけではない。
鈴木教諭は前出の著書の中で、こう語っている。
「低学年のうちに活用ルールを徹底することで、高学年になったいまも、学習で使用する以外には児童が勝手に持ち出してゲームアプリで遊んでしまうようなことは見られません。(中略)授業開始後にタブレット端末を活用する場面になると、各自がタブレット端末を取り出す・片づけることも児童が主体的に、効率よく行うことができています」
こうしたタブレット端末を自由に使えるようにすると、子どもがゲームにばかり没頭するのではないか、というのは父兄が真っ先に心配することだ。しかし、それはまったくの杞憂だった。鈴木教諭は「子どもたちを信用して大丈夫」と強調。そして、「子どもたちのほうが教員よりも操作の面や柔軟性の面で先を行っています。いわゆるデジタルネイティブの子どもたちなのです」と結論づける。
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『慶應幼稚舎の秘密』
著者/田中 幾太郎
一説には東大理IIIに入るよりもハードルが高いと言われる慶應義塾幼稚舎。小学校“お受験”戦線では圧倒的な最難関に位置づけられるブランド校だ。
慶應大学出身者の上場企業現役社長は300を超え、断然トップ。さらに国会議員数でも慶應高校出身者が最多。エスカレーター式に大学まで上がれるということだけが、幼稚舎の人気の理由ではない。
慶應の同窓会組織「三田会」(キッコーマン・茂木友三郎名誉会長、オリエンタルランド・加賀見俊夫会長などが所属)は強い結束力を誇り、政財界に巨大なネットワークを張り巡らしているが、その大元にあるのが幼稚舎なのだ。
慶應では幼稚舎出身者を「内部」、中学以降に入ってきた者を「外部」と呼び、明確な区別がある。日本のエスタブリッシュメント層を多く輩出してきた“慶應”を体現し維持しているのは、まさしく幼稚舎であり、多くの者が抱くそのブランド力への憧れが人気を不動のものとしているのである。同書では、出来る限り多くの幼稚舎出身者にインタビューを行い、知られざる同校の秘密を浮かび上がらせていく。