「印象操作」は時間稼ぎのテクニック
安倍話法を考える〜安倍話法と安倍史観〜
「相手の質問のほうが間違い? 」と思わせる言葉「印象操作」
安倍首相は、国会で対立相手の野党もしくは質問議員から森友・加計問題などを追及されると興奮して「印象操作だ」「レッテル貼り」だと批判する。だが、こうした答弁そのものが、議員が質問した内容は「間違っている」という印象を植え付けようとしていないか。首相の発言を、テレビで聞いた視聴者は、「ああ、○○議員の言っていることは、不正確でないか、正しくないのだな」と思うかもしれない。国民は国会で議論されている内容そのものに精通しているわけではない。そのため、二人の会話ややり取りの印象が、議論の真偽を判断するときに大きな影響を与えてしまう。
国際医療福祉大学の川上和久教授(政治心理学)は、「『印象操作だ』と言って正面から疑問に答えず、時間稼ぎをしながら野党を批判するという安倍首相のテクニックだ」(毎日新聞2017年6月5日)と分析する。
相手が聞きたい核心部分、答えたくないがゆえに、議論や質問に関係のない答弁をわざと行うという「安倍話法」の一つというわけだ。
そもそも、「印象操作」という言葉を初めて国会で使ったのは、自民党の鬼木誠議員だ。鬼木議員は、2015年6月25日に安倍首相を支持する若手議員らを中心に発足した「文化芸術懇話会」に参加、四ヶ月後の10月には第三次安倍内閣(第一次改造)で環境大臣政務官に抜擢された人物である。
この「印象操作」の言葉を多用して使い出したのは、2017年2月のこと。この時期は、森友学園問題をめぐる朝日新聞のスクープがあり、安倍首相や財務省の言葉の真偽に、世間の注目が集まっていた。自身を防御するために有効だったのか、この年、衆参両方の委員会で、安倍首相は計27回も「印象操作」という言葉を発している。
安倍首相が「印象操作」と使った発言を見てみよう。
誠実に答えず「はぐらかす答弁」
安倍首相の答弁は、相手が知りたいことに誠実に答えようとするのではなく、「はぐらかすための答弁」のように見える。この特徴は、安倍首相だけでなく、安倍官邸(や霞が関)にも及んでいる。
2019年1月6日、年始早々のNHK「日曜討論」で安倍首相が、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐっての「サンゴ移植発言」は、その一例だ。
番組で、辺野古への土砂投入映像が流されたあとに、安倍首相は、「あそこのサンゴは移しております。絶滅危惧種は砂をさらって別の浜に移していくという、環境の負担をなるべく抑える努力をしながら(埋め立て工事を)行っている」と発言した。しかし、沖縄県によると、沖縄防衛局の事業で、貝類や甲殻類を手で採捕して移した事例はあるものの、『砂をさらって』別の浜に移す事業は実施していないという。
『琉球新報』は1月9日付け社説で、「安倍晋三首相がNHK番組『日曜討論』で、米軍普天間飛行場の移設に伴う名護市辺野古の埋め立てについて『土砂投入に当たって、あそこのサンゴは移している』と、事実と異なる発言をした。一国の首相が自らフェイク(うそ)の発信者となることは許されない」と批判をしている。
この件について、私は官邸記者会見で、菅官房長官に質問をぶつけた。
望月 辺野古海域でのサンゴの移植についてお聞きします。首相は6日のテレビ番組で土砂投入に当たって、「あそこのサンゴは〈質問、簡潔にお願いします〉移植している」と述べられましたが、土砂投入されている辺野古側の海域、埋め立て区域二の一からはサンゴは移植していないとして〈結論をお願いします〉、一部報道は「首相は事実を誤認して発言した」と報じました。政府の現在のサンゴ移植の現状認識を改めてお聞かせ下さい。
菅官房長官 環境監視等委員会の指導や助言を受けながら適切に対応しているということでありますから、まったく問題はありません〈このあとの日程がありますので、次の質問をお願いします〉。
望月 報道では「埋め立て海域全体では74000群体の移植が必要だが、〈質問、簡潔にお願いします〉移植が終わったのは別海域の九群体のみにとどまる」としております。玉城知事は昨日、ツイッタ―上で「総理、〈結論をお願いします〉それは誰からのレクチャーですか。現実はそうなっていません。だから私たちは問題を提起している」と反論されました。
事実の誤認ないし説明不足である場合は、これは改めて政府として〈質問、簡潔にお願いします〉見解を出すつもりはないのでしょうか。
菅官房長官 「報道によれば」に答えることは政府としてはいたしません。どうぞ、報道に問い合わせをしてほしいと思います。
菅官房長官がここでいう「報道に問い合わせろ」というのは『琉球新報』に問い合わせろと言いたいのだろうか。官邸会見では、「一部報道が報じていますが」と、他社の記者がよく質問をしているが、このようないい加減な回答をほかの記者にすることは、まずない。私のときだけである。安倍首相の「あそこのサンゴは移植している」発言が事実誤認で、説明不足なのではないか、との質問に「報道に聞け」とし、政府としての説明責任から完全に逃げている形だ。菅氏の不誠実な会見でのやり取り後、安倍首相は2019年1月30日の衆院本会議で、「南側の埋め立て海域に生息している保護対象のサンゴは移植した」と言い換え、土砂投入中の海域のサンゴを移していないことを事実上認め、発言を修正している。
余談だが、会見のやり取り中に、内閣府の上村秀紀報道室長の質問妨害があまりに酷いので、そのまま書き入れた。これでは質問がまともにできない。菅官房長官自身も、妨害行為のせいで良く聞き取れていないようなときさえあった。この妨害行為は、2017年秋ごろから始まった。上村報道室長に直接、抗議しても止まることなく、延々と続いていたが、沖縄県の辺野古埋め立てなどについて追及するようになった2018年12月頃から、より悪化した。政権のアキレス腱といわれる沖縄問題を追及されるのが、よほど嫌だったということだろうか。
『「安倍晋三」大研究』(望月衣塑子&特別取材班(佐々木芳郎)著、KKベストセラーズ)より引用
望月衣塑子 (もちづき・いそこ)
東京新聞記者。1975年、東京都出身。慶應 義塾大学法学部卒。千葉、埼玉など各県警担当、東京地検特捜部担当を歴任。2004年、 日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をスクープし自民党と医療業界の利権構造を暴く。社会部でセクハラ問題、武器輸出、軍学共同、森友・加計問題などを取材。著書 に『武器輸出と日本企業』、『新聞記者』(ともに角川新書)、『追及力』( 光文社新書 )、『THE 独裁者 国難を呼ぶ男 ! 安倍晋三』(KK ベストセラーズ)『権力と新聞の大問題』『安倍政治 100のファクトチェック』(ともに集英社 新書)など。
特別取材班 佐々木芳郎(ささき・よしろう)
写真家・編集者。1959 年生まれ。関西大学商学部中退。 在学中に独立。元日本写真家協会会員。梅田コマ劇場専 属カメラマンを皮切りに、マガジンハウス特約カメラマ ン、『FRIDAY』(講談社)専属契約、『週刊文春』(文藝 春秋社)特派写真記者、『Emma』(前同)専属契約を経 て、現在は米朝事務所専属カメラマン。アイドルからローマ法王までの人物撮影取材や書籍・雑誌の企画・編集・ 執筆・撮影をしている。立花隆氏との共著『インディオの聖像』(講談社)は 30 年のときを経て制作予定。