「当事者ではない」中谷友香だから描けるオウム事件
オウム事件の死刑囚に対する死刑執行から1年。中村昇受刑者と15年間、対話を重ねてきたカウンセラーの中谷友香さんが語る。
■「そうか、もう彼はいないんだ」
―死刑執行から1年が経ったことを、中谷さんご自身はどのように受け止めていますか。
こんなことを言ったら情けないんですけど、「彼らがこの世にいない」という現実を受け入れたくない気持ちが、やっぱりあるんです。
今月は死刑執行から1年ということで、テレビや雑誌で事件や死刑囚のことが頻繁に取り上げられていますよね。
たとえば、番組内で彼らの遺品が紹介される。「遺品」としっかり言っているわけですから、「そうか、もう彼はいないんだ」と受け入れていかざるを得ないですよね。
もう1年も経っているし、『幻想の√5』を書いているときにもとんでもない産みの苦しみがあったのに。彼らからもらった手紙を読み返すと、つい昨日のことのように感じてきてしまいます。
―それでも、彼らの死を受け入れるのには十分でなかったんですね
執行されるまで、死刑確定後は連絡は厳しく制限されていましたが、でも折につけて、たとえば「これ、早川(紀代秀)さんだったら絶対こう言うだろうな」とか、いろいろ想像できたわけですよ。
もちろん、今でも「生きてたらこうだろうな」とは思えるけれど、生きているのと死んでいるのでは、全然違う。
だけど同時に、そもそも彼らこそが、事件の被害者遺族の方々からしたら大切な旦那さんや娘さんを奪い、そういう思いをさせている張本人だという現実があるわけです。
だから、本当に最悪で、悲惨な宗教的事件だと改めて感じました。
■加害者でもあり、被害者でもある
―彼ら「オウム事件の犯人」たちは、加害者であると同時に被害者でもあったわけですよね。
オウム事件を考える際は、やはり全体のテーマとして、「加害者が同一線上で被害者でもある」ことを避けては通れません。
オウムの人間が「オウムを産み出したのは日本社会なのに」とか言う声を聞くと、「お前がそれを言うな!」となりがちですが、それでも完全に間違いだとは言い切れない。「社会の中から出てきた」という言い方をするのなら、どんな犯罪でもそうなのでしょうが、当事者が話すと言い訳に聞こえてしまいます。
「加害者と被害者の両義性」みたいな小難しい言葉を使って分かった気になっても、具体的にピンと来ません。
そうではなく、「加害者であり、被害者でもある」人たちは、実際にどう出会い、どんな会話をしたのか。そして、その関係がどう成立したのか。それは一言で表せるような簡単なことではないから、読んだ人それぞれに感じてもらいたかったんです。
「いじめ」「パワハラ」「DV」など、より身近な場面にも、これと同じ構造・テーマが潜んでいます。この本に描いた内容も、そのモチーフの1つだと捉えてもらえるのではないでしょうか。
―読者それぞれが、それぞれの捉え方をすればいい。
だから『幻想の√5』の中ではあえて、彼らを「いい人」のように、客観的に評してはいません。
本に描かれた彼らを「いい人」と思うのか、「馬鹿」と思うのか。それは読んだ人の自由ですよね。
同じく、「オウムに行った人は純粋で良い人」という、ある種自分たち「普通の人」から遠ざけるような言い方がよくされますけれど、私はそういう定義づけをしませんでした。
そうではなくて、「実際に会って、こういうやりとりをしました」という事実を、淡々と書き連ねた。はじめに私自身の生い立ちも書きましたが、それは読んだ人それぞれに、「事件」という非日常の世界が、今ある日常の延長線に存在していることを感じてもらうための補助線なんです。
- 1
- 2
KEYWORDS:
『幻想の√5 なぜ私はオウム受刑者の身元引受人になったのか』
中谷 友香 (著)
マスコミが報道しなかった!できなかった!
オウム死刑囚たちの肉声と素顔が明らかになる。
なぜオウム真理教事件は引き起こされたのか?
いままで語られなかった事件の真相と再発防止のための第一級資料が公開。
「なぜ私はオウム受刑者の身元引受け人になったのか」死刑執行された林泰男、早川紀代秀ほか死刑囚たち、また無期懲役としていまも収監されている中村昇受刑者(オウム真理教最古参メンバーのひとり)と、著者は15年にわたり面会や書簡を通して交流を続けてきた。そこで見てきた死刑囚たちや受刑者の素顔とはどんなものだったのか? マスコミにこれまで一度も公開されることのなかった彼らの肉声とは何だったのか? かつて仲間だった死刑囚たちが死刑執行されたいま、中村受刑者は何を思うのか? 戦後最大の悲惨な宗教事件として名を残すオウム真理教事件。あのようなことはもう二度と起こらないと言えるか? 事件当時、そして死刑執行直前まで彼らが考えてきた再発防止とは? 死刑囚また受刑者の肉声からは、これまで公開されてこなかった加害者たちの素顔と、事件を起こすまでの彼らの心理状態が赤裸々に語られている。「オウム真理教事件」の真相に迫った第一級資料として世に問うノンフィクション。