吹奏楽部の聖地を目指して捧げた彼ら彼女たちの青春
―金賞を成し遂げたコトバの力【東海大学菅生高校 前編】
吹奏楽に燃えた高校生たちの物語
―東京の強豪・東海大学菅生高校のコトバ
創部36年目で初の快挙!全国大会ゴールド金賞を成し遂げたコトバの力
東海大学菅生高等学校吹奏楽部
松葉梨々花さん(3年・フルート)(右)
渡辺純矢くん(3年・チューバ)(左)
[2019年5月取材]
■練習の始まりにみんなで唱和するコトバを座右の銘に
「ゴールド金賞!」
名古屋国際会議場センチュリーホールにアナウンスが響いた。
すべてはそこから始まったのかもしれない。
2015年、全日本吹奏楽コンクール全国大会・中学校の部。当時中学2年だったフルート担当の「リリカ」こと松葉梨々花、そして、チューバ担当の「ジュンヤ」こと渡辺純矢は東京の強豪中学校のメンバーとしてそのアナウンスを聞き、仲間たちと歓喜に湧いた。二人は、初めてメンバーに選ばれて参加したコンクールで、日本中の吹奏楽部員が憧れる頂点を経験したのだった。
リリカとジュンヤは、中学3年で挑んだ吹奏楽コンクールでもやはり全国大会で金賞を受賞した。
2年連続全国大会金賞―そんな輝かしい経歴を引っさげて、リリカとジュンヤはともに東海大学菅生高校に入学した。
東海大学菅生高校は、東京都あきる野市の緑が豊かでのどかなエリアにある。
吹奏楽部には、約150人の部員が所属。教頭でもある顧問の加島貞夫(かじまさだお)先生のもと、日々楽しくも充実した活動を続けている。加島先生を模した着ぐるみのゆるキャラ「サダピー」は同部のマスコットだ。
東海大学菅生高校は全国大会にも出場する強豪校だが、まだ全国金賞は獲得したことがなかった。それは吹奏楽部員たちにとって夢であり、悲願でもあった。
吹奏楽部では練習を始めるとき、部長が先頭に立ち、部員全員でこんなコトバを唱和する。
「やればできる! 必ずできる! 絶対できる!」
気持ちを前向きにし、目標達成へのモチベーションを高めるためのコトバだ。
3つの文の最初の文字を取って通称「やかぜ」と呼ばれるこのコトバを、ジュンヤは自分自身の座右の銘にもしていた。
中学で経験した歓喜を、この東海大学菅生高校でも味わうために―。
高校1年のとき、リリカとジュンヤは明暗を分けた。
部員数の多い東海大学菅生高校では、コンクールにA・B・Cの3部門に分かれて出場するが、そのうち全国大会につながるのはA部門(55人まで出場可)のみで、B・C部門は成績にかかわらず東京都大会予選(東京都高等学校吹奏楽コンクール)で終了となる。
部員の誰もがAチームに入ることを希望し、選抜オーディションに挑む。誰が演奏しているのかわからない公平なカーテン審査の結果、ジュンヤは1年生にしてAチームに選ばれたが、リリカはBチームと決まった。
「実力で先輩たちにかなわないのはわかってた。でも、やっぱり悔しいな……」
リリカは落ち込んだ。けれど、なるべく表情には出さないようにしていた。
中学時代はことあるごとによく泣いていた。しかし、高校生になってからはネガティブな姿を他の部員には見せてはいけないと思うようになった。その代わり、帰りの電車の中や自宅で一人きりになってから思い切り落ち込んだ。徹底的に沈み、次の日にはリセットして、また翌日から元気よく部活に励む。
まわりからは「いつも前向きで安定している」「落ち込んでいる姿を見たことがない」と思われていたが、リリカ本人は密かにそんな気持ちの切り替えをしていたのだ。
一方、Aチームに選ばれたジュンヤも決して順風満帆ではなかった。選ばれたことは嬉しかったが、代わりに3年の先輩が選ばれなかったこともあり、申し訳ない気持ちやプレッシャーに襲われた。
「本当に自分がAチームでよかったのかな……」
自分以外のチューバ奏者のレベルが高かったこともあり、どれだけ頑張っても「自分はAチームにふさわしいのか」という疑念やためらいを払拭できなかった。
この年、東海大学菅生高校吹奏楽部は全国大会出場をかけて東京都大会本選(東京都吹奏楽コンクール)に臨んだ。目標は東京代表となって全国大会に出場し、いまだ手にしたことがない金賞を獲得すること。これまでの最高の成績は全国大会銀賞だった。
審査の結果、都大会本選では金賞を受賞することができた。しかし、3枠ある東京代表には選ばれることができなかった。2年連続6回目の全国大会出場と初の金賞という夢は、道半ばで終わってしまった。
閉会後、55人のメンバーは会場となった府中の森芸術劇場の裏手の公園に集まった。当時の部長だった森本泰生はうなだれるメンバーに向けて、涙ながらにこう語った。
「絶対、この悔しさを後輩たちは忘れないでほしいし、来年全国に行ってもらうために、3年生は残すもの全部残して卒部できるようにしたいと思ってる」
3年生はみんな泣いていた。
ジュンヤは未熟な自分の面倒を見てくれた先輩たち、自分の代わりにメンバーになれなくても以前と変わりなく接してくれた3年生を思い、苦しくなった。
「自分がもっとうまくチューバを吹けてたら……。来年こそ、自分たちが3年生の分まで夢を叶えよう!」
ジュンヤはそう心に誓った。
やればできる! 必ずできる! 絶対できる!
そうだ、きっと、できる―。
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。