吹奏楽部の聖地を目指して捧げた彼ら彼女たちの青春
―金賞を成し遂げたコトバの力【東海大学菅生高校 前編】
吹奏楽に燃えた高校生たちの物語
2018年、リリカとジュンヤは2年生になった。
オーディションが行われ、リリカは初めてAチームのメンバーに選ばれた。前年の悔しさを経験していたから、メンバーになった後は気合が入った。
東海大学菅生高校では朝練は自主的に参加することになっているが、リリカは午前7時には学校に来てフルートの練習に励んだ。放課後は駅に向かう最終バスの時間の都合で、吹奏楽部はあまり遅くまで練習ができない。リリカの場合、住宅環境の事情で自宅でもフルートは吹けないため、帰宅後は音源を聴きながらペンをフルートに見立てて運指の練習をしたりした。
この年、東海大学菅生高校は課題曲に難度の高い現代曲の《エレウシスの祭儀》(咲間貴裕)を、自由曲にはやはり高度な演奏技術が要求される《吹奏楽のための協奏曲》(高こう昌ちゃん帥す )を選んでいた。
フルートにとって最大の難関は、自由曲で最初に出す音が、楽譜上に出てくる最高音だということだった。高い音は音程が合いづらく、フルート同士や他の楽器とずれたときに目立つ。リリカはフルートパートのメンバーとしっかり音程が合うように必死に練習した。
一方、ジュンヤは危機感を募らせていた。Aチームのチューバ担当は3人。オーディションではトップで合格するつもりだったが、蓋を開けてみれば3位通過だった。
「去年もメンバーだったのに、ギリギリで合格なんて納得いかない! このまま終わって
たまるか!」
ジュンヤも夢中になって練習した。
今回の課題曲には、短いながらもチューバのソロがあった。同じパートには3年生の部長、野田蓮もいたが、どうせコンクールに出るならソロを吹きたかった。
コンクールの都大会予選前、チューバソロを決めるオーディションが行われた。一人ずつソロの部分を吹いた後、加島先生から「ソロはジュンヤ」と指名を受けた。
ジュンヤは飛び上がりたいほど嬉しかった。だが、やはり先輩の野田のことが気にかかった。高校生活最後のコンクール、部長としてもソロを吹きたかったことだろう。
「本当に、自分でいいんだろうか」
1年前と同じためらいが浮かんできた。
8月中旬、コンクール初戦となる都大会予選の日がやってきた。
激しい緊張に襲われているジュンヤに、野田がこう声をかけてきた。
「頑張れよ」
シンプルなひと言だ。だが、そのとき野田の笑顔を目にし、ジュンヤは腹をくくった。先輩の分までやってやろう、と。
本番でも、緊張からは解放されなかった。大切な課題曲で、ソロのミスは許されない。順調に演奏が進み、全体の音がぐっと静かになったところで、ジュンヤの出番がやってくる。指揮台の加島先生を見つめながら、重く、暗い2小節のソロを奏でた。成功だった。
そのとき、ジュンヤが抱いていたためらいが、自信に変わった。
やればできる! 必ずできる! 絶対できる!
本当に、できた!
審査の結果、東海大学菅生高校は金賞を受賞し、9月に行われる東京都大会本選への出場が決定したのだった。
後編は8月18日(日)に配信予定!
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。