「吹奏楽の甲子園」で掴んだ栄光
―金賞を成し遂げたコトバの力【東海大学菅生高校 後編】
吹奏楽に燃えた高校生たちの物語
吹奏楽コンクールは夏に始まり、全国大会を迎えるころには紅葉の季節となっている。
10月21日、全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部。会場である名古屋国際会議場センチュリーホールに東海大学菅生高校はやってきた。
バスの中では、メンバー55人に再び加島先生のメッセージが配られた。
「もう恐れるものは何もありません!」
「肩の力を抜いてお互いを信じ、無心になって感性という音楽の扉を開きましょう!」
「音楽を奏でることを心から楽しみましょう!」
先生の言葉は力強く55人の心に響いた。
リリカとジュンヤにとっては2年ぶりの名古屋。会場の外にそびえ立つ純白の騎馬像、ざわめくロビー、通路、音出しをするイベントホール……すべてが懐かしかった。
「またここに戻ってこられたんだな」
ふたりは同じ思いを抱いた。
しかし、中学時代とは何かが違う。吹奏楽界でもっとも注目を集め、全国各地から強豪校や指導者、吹奏楽ファンが集結する高校の部―「吹奏楽の甲子園」の持つ空気感はやはり特別なものだった。
体育館のようなイベントホールでは複数の学校が同時に音出しをしていたが、響いてくる音の美しさや圧力は中学校の部とは比べものにならなかった。
だが、リリカは緊張はしながらも、心の奥底は凪ないでいた。「謎の自信」があったのだ。
「中2のときも、中3のときも、私が出たコンクールは全国大会で金賞だった。だから、きっと今回もいけるはず!」
根拠も何もない。とにかく、リリカはそう信じて疑わなかった。
午後5時すぎ。東海大学菅生高校の55人は舞台裏で出番を待っていた。反響板の向こうからは、福岡県の福岡工業大学附属城東高校の演奏が響いてくる。全国大会に通算32回出場し、15回も金賞を受賞している名門校だ。そして、東海大学菅生高校の後には、同じ東海大学系列ながら、全国大会に36回出場、金賞22回の東海大学付属札幌高校が控えている。金賞候補の2校に挟まれた難しい位置だ。
福岡工業大学附属城東高校の演奏が終わり、東海大学菅生高校の55人は照明の落ちたステージへと出ていった。
リリカはフルートの席に腰を下ろし、客席を見渡した。リリカはステージから見るセンチュリーホールの風景が大好きだった。
「やっとこの景色が見られた……」
ステージに対してそそり立つ壁のような客席と、そこに漂っている空気に神聖なものを感じた。
ジュンヤはホールに詰めかけた人の多さに驚きながらも、意外に落ち着いている自分を感じていた。
「先生のメッセージのとおり、ここまで来たらもう、心から楽しんで演奏するしかないな!」
ジュンヤは苦楽を共にしてきた大きなチューバの管体をギュッと抱き締めた。
「プログラム10番。東京代表、東京都、東海大学菅生高等学校吹奏楽部。課題曲Ⅴに続きまして、高昌帥作曲《吹奏楽のための協奏曲》。指揮は加島貞夫です」
運命のアナウンスが響いた。
客席に向かって加島先生がお辞儀すると、大きな拍手が巻き起こる。
先生が両手を胸の前で構え、指揮を振り始めた。全国大会の先はもう存在しない。泣いても笑っても最後の12分間―その幕が切って落とされたのだ。
まずは課題曲《エレウシスの祭儀》からだ。冒頭、何かの予兆のように音楽は静かに始まる。銅ど鑼ら のジャーンという響きをきっかけにして金管楽器の力強い旋律が飛び出した。
「菅生の空気が作れたな!」
その銅鑼の音を聴いて、ジュンヤは思った。
「細かいところも、みんなちゃんと揃ってる!」
リリカも安心して演奏に入り込むことができた。
ジュンヤのソロもうまくいった。《エレウシスの祭儀》は大きな崩れもなく曲の終わりに到達した。
残るは、《吹奏楽のための協奏曲》だ。都大会本選ではミスが目立ち、課題を残した。
果たして、全国大会は―。
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。