中国で爆発的に広まる日本酒ブームは本物か
日本酒は中国でなぜ、そして、どのように流行したのか
■生酒のおいしさを中国に広める
「長期熟成純米大吟醸の冷凍生酒」
そうして『獺祭』の他にも『上善如水』や『梵』など数々の日本酒が中国で知られるようになった今、初田氏の会社が新たに挑戦したのは「長期熟成純米大吟醸の冷凍生酒」だ。
「中国でいま出回っている日本酒は火入れが済んだものが大半で、より甘みがあり香り高い生酒は流通が限られていました。個人旅行者がお土産として買ってきたものがネット通販などで少量ながら流れていますが、保存状態が良くなかったりして本来の味が失われていることが多いです。
そこで中国の人々に生酒のおいしさを知っていただくために、弊社のオーナーが注目したのが冷凍酒というジャンルです」(初田氏)
長期熟成純米大吟醸の冷凍生酒とは、大吟醸の生酒を0~3度の超低温で7~10年も熟成させた後、瓶詰して凍結保存のまま出荷するという通好みの日本酒。火入れをしないのでもちろん生酒の一種だ。
飲む直前にシャーベット状に半解凍すれば、中国であろうがどこだろうが、日本で飲むのと同じ香りと味わいが楽しめるというスグレモノである。もっとも、この冷凍酒を取り扱うまでには大変な苦労があったとか。
「もともと弊社は事業の一部としてフランスワインの輸入販売を行っていましたが、日本酒の輸入は全くゼロからのスタートでした。日本の酒蔵さんの多くは保守的で、また品質へのこだわりも非常に強いですから、中華系の企業が突然取引をしたいと話をもちかけてもそう簡単に話は進みません」(初田氏)
そのような壁を打ち破るキッカケとなったのは「愛媛県」だった。
「弊社は愛媛県の西条市に機械部品工場の支社があるのですが、そこで安定して事業を行っていることを地元の方に評価していただいて、愛媛の酒蔵さんとの間に入ってくださる方が大勢いらっしゃいました。
そうして、愛媛の『千代の亀酒造』さんと提携させていただく運びとなったんです。酒蔵さんの中には、国内市場が頭打ちになる中で世界に目を向けるところも少なくありません。また、日本が誇る日本酒文化を積極的に国外へ広めたいという志を持つ酒蔵さんもいっぱいあります。
千代の亀さんはそのような開明的な考えと、享保元年創業という伝統をあわせ持つ、まさに弊社が探していた酒蔵さんそのものだったんです」(初田氏)
■『SNS×ブランド』ですぐに広まる
千代の亀酒造で作られるお酒はほぼ手作業、また熟成期間も凍結酒の『しずく酒』が7年と長く、生産量は限られる。その味わいは極上ながら、お値段は決して安くない。しかし、初田氏いわく「間違いなく中国人に受け入れられるという自信があった」のだという。
「中国では今、モノ消費からコト消費へとトレンドが移りつつあります。お酒は『モノ』ですが、ある意味では体験型消費ということもできます。そして中国の人々は体験したことを写真や動画に撮って、どんどんSNSにアップするんですね。
日本の女の子の間でインスタが流行っていますが、中国人はそれを凌駕するほどのSNS好き。凍結酒は味わいが素晴らしいのは言うまでもありませんが、何よりも絵になるし、ほとんどの中国人が体験したことがないから、SNSにアップすればみんなに自慢できるわけです。
これは絶対ウケると確信していました。事実、SNSを通じて口コミが口コミを呼び、今ではお酒好きな人の間で凍結酒というジャンル、そして『千代の亀』というブランドが浸透してきている手応えがあります」(初田氏)
中国の人々は伝統的にお上のメディアを信じず、情報は口コミが全て。中国版ツイッターともいうべき微博が広まりだしたのは2010年頃だが、以来新しいもの、面白いものは圧倒的なスピードで情報がシェアされるようになった。そしていったん広まれば、分母が日本の10倍という巨大な市場が控えている。1本1万円以上する日本酒を気軽に楽しめる富裕層は数が限られているとはいえ、それでも日本とは比べ物にならない大きなパイであることに変わりはない。
しかし、中国人といえば『白酒』に代表されるように、強いお酒を好むことで有名だ。白酒がアルコール度数60度程度なのに対し、日本酒はせいぜい15〜16度。日本酒に物足りなさを感じることはないのだろうか?
「お酒の味わいを楽しむ文化が中国に根付いてきた証拠だと見ています。もともと日本酒ブームの前に、中国ではワインが流行していました。生活にゆとりがある層の間では、ただ酔うだけの強いお酒ではなく、食事と合うおいしいお酒を選びたいというニーズがあるんですね。
日本酒は白ワインと似ているところもありますから、ワイン好きの中国人が日本酒に目覚めるといったことがあったのかもしれません。むしろ日本酒に比べると、日本の焼酎の方が中国人には受け入れられにくいと思います。
中国にはお酒を割って飲むという文化がありませんから。焼酎は白酒に比べるとアルコール度数が低く、また日本酒のようなひと口飲んで分かる香りや味わいに欠けています。要は中国人にとって焼酎は分かりにくいんです」(初田氏)
■日本酒ブームの行方は…
中華の大地にしっかりと根を下ろした日本酒。とはいえ、中国人といえば熱しやすく冷めやすい国民性のため、このブームが今後も続くのかどうか気になるところだ。
「目新しさから日本酒ブームが始まったことは否定できませんが、それでも中国の人々がこれほど日本酒に関心を持ったのはおいしさそのものがあればこそです。舌というのは一度肥えるとなかなか元には戻らないもの。
ブームが落ち着くことはあっても中国から日本酒が消えるようなことは今後もないでしょう」(初田氏)
日本酒が世界の人々に愛されるのは日本人として何とも嬉しい限り。しかし同時に、日本酒で爆買いが起こり、国内で美味しい日本酒が飲みにくくなるのでは…といった心配もしてしまうのが日本人の本音である。
もっともこのことは、あまり心配をしなくてもいいのではないだろうか。かつて日本はバブルの時代、世界中からあらゆるものを買い漁った過去を持つ。今は中国のターンだが、それとて永遠に続くわけではないことは、バブルの終わりを経験している日本人ならば分かっているはずだ。
美味しいものを求める心は万国共通。我が国が誇る日本酒文化が世界へと羽ばたいていく姿を、温かい目で見送りたいものだ。
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