「悲劇」に流れた涙を糧に結束した吹奏楽部員たちの物語
―精華女子高等学校に咲いた「華」―ひとつ目のコトバ
悲劇、内部崩壊、涙を乗り越え、仲間、キズナ、笑顔が生まれた
精華はコンクールで、地区大会、福岡県大会と順調に突破し、九州大会への出場を決めた。そこで代表3校に選ばれれば、3年連続の全国大会出場が果たせる。
出場順は26校中5番目となった。そして、何の因果か、直前の4番になったのはライバルの活水だった。精華の部員たちにはさらに大きなプレッシャーがかかった。
活水に勝とうと気合を入れていたはずなのに、大切な九州大会を前にして、演奏がまとまらなくなった。音楽部長であるミユは、ミスをしたり気のない音を出したりしているメンバーがいることが気になった。
「ねぇ、なんでそこ、できんと!?」
練習の最中、ミユは思わず強い口調でそう指摘してしまった。
「ミユは吹けとるけん、いいけどさ、うちは違うけん」
相手はそう反発した。その部員だけでなく、何人もミユに背を向ける者たちが現れた。一方、ミユも歩み寄ろうとはせず、次第に部内で孤立していった。
ミユは部長でありながら、みんなの前に立つのが怖くなった。楽器を吹くときも、誰かと話すときも、相手の目が見られなくなった。
精華は内部崩壊の危機に直面した。
立ち上がったのは、生活部長のミサトと運営部長のモモコだった。実は、ふたりはミユに対して「いつも嫌な役回りを髙木ばかりにさせてきた」と罪悪感を抱いていた。
「今、自分らは髙木のためになんかしてあげれんやろか」
そう考え、顧問の小川先生に相談にいった。
「先生、髙木が壊れそうなんです」
ふたりは打ち明けた。
「だったら、ふたりが髙木を支えてあげなさい」
小川先生はそう言った後、力強く付け加えた。
「全国大会への切符、何がなんでもとってこい!」
そのコトバはミサトの心に刺さった。九州でたった3校にしか許されない全国大会出場の権利。それを手に入れるためには、部のエースであるミユが必要だ。みんなが力を合わせることも必要だ。
ミユを立ち直らせ、みんなをひとつにまとめ、本来の精華を取り戻すこと―小川先生のコトバの真意はそこにあるとミサトは思った。
だが、「何がなんでも全国への切符をとってくる」ためにはミユに対して言いにくいことも言わなければならない。
「今までふたりはなんもしてこんやったくせに、なんでそんなこと言われないけんの?」
もしミユにそう反論されたら、返す言葉がない。
だが、ミサトとモモコは勇気を出し、ミユを呼び出した。校舎の外、自動販売機の前に置かれた白いベンチに腰掛け、ふたりはミユに語りかけた。
「今の髙木はダメやと思う。みんなが髙木みたいに吹けんし、『なんでできんの?』って言うんやなくて、どうやったら吹けるようになるんか教えるようにせないけんのやないん?」
「うちら友達やん? 仲間が離れていくんを見るのは嫌やけん」
ミサトとモモコの言葉を聞くと、ミユの目から涙があふれた。
「ずっと誰かに言ってほしかった。自分がダメやってわかっとったけど、どうにもできんやったん……」
でも、孤立した自分を見捨てず、ちゃんと?ってくれる仲間がいた。そのことにミユは安心した。ミサトとモモコも泣いた。
「これからは自分ひとりで抱え込むんやなくて、ちゃんとみんなに相談して、意見を聞くようにしよ……」
ミユはそう思った。
3人の部長の絆が深まると、精華女子高校吹奏楽部全体も再びひとつにまとまっていった。忘れていた「真価」を取り戻したのだ。
演奏のイメージを統一するため、課題曲に歌詞をつけて歌った。自由曲《ブリュッセル・レクエイム》は、ベルギー・ブリュッセルで発生した連続爆破テロの犠牲者への追悼の意を込めて作られた曲であるため、その事件をもとに劇を作ってみんなで演じた。
演奏はどんどんよくなっていった。
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著者:オザワ部長
現在、実際に演奏活動を行っている人だけでも国内に100万人以上。国民の10人に1人が経験者だと言われているのが吹奏楽です。国内のどの街を訪れても必ず学校で吹奏楽部が活動しており、吹奏楽団が存在しているのは、世界的に見ても日本くらいのものではないでしょうか。
そんな「吹奏楽大国」の日本でもっとも注目を集めているのは、高校の吹奏楽部です。
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクール全国大会を目指す青春のサウンドには、多くの人が魅了され、感動の涙を流します。高校吹奏楽は、吹奏楽界の華と言ってもいいでしょう。
もちろん、プロをもうならせるような演奏を作り上げるためには日々の厳しい練習(楽しいこともたくさんありますが)をこなす必要があります。大人数ゆえに、人間関係の難しさもあります。そして、いよいよ心が折れそうになったとき、彼らを救ってくれる「コトバ」があります。
《謙虚の心 感謝の心 自信を持って生きなさい。》
《コツコツはカツコツだ》
《すべては「人」のために!》
それらのコトバは、尊敬する顧問が語ってくれたことだったり、両親や友人からの励ましだったり、部員みんなで決めたスローガンだったりします。
本書では、高校吹奏楽の頂点を目指して毎日ひたむきに努力しながら、彼らが胸に秘めている「コトバ」の数々を切り口にし、その青春の物語を引き出しました。すると、通常の取材とは少し違った物語「アナザーストーリー」が浮かび上がってきました。
ぜひ中高生から大人までが共感できる、純粋でまぶしい「コトバ」と「ストーリー」をお読みください。