『水曜どうでしょう』ディレクターが語る「自分の人生の主導権を握ろう」
嬉野雅道さんの「納得」
※2018年4月に掲載された記事のため、春に関する記載があります。
(『生きづらさを抱えるきみへ』withnews編集部/KKベストセラーズ より)
『水曜どうでしょう』ディレクターが語る
「自分の人生の主導権を握ろう」
みなさん。春になりました。
嬉野です。
今年は桜の開花が全国的に早かったようですね。
春は異動の季節です。
転勤、転校、新入学、新社会人。
若い人らは希望に満ちて期待に胸を膨らませている時期でしょうか。
でも、そんな時って同時にとても厄介なときです。
なぜなら、期待に胸を膨らませているときってのは、気づかないうちに他人に心を開いて、自分の柔らかい部分を世間に晒してしまっているときですから、心がそんなに無防備なら指先でつねられただけでも痛いでしょう。
そんならうっかり誰かにつねられたらもうびっくりして、その反動で直ちに心を閉ざし必要以上に周囲の人間が怖くなって、まるでよろい戸を閉ざしたアルマジロのような心になってしまうでしょうね。そうなれば心はとうぶん開くどころか自分の部屋からだって出て来られなくなってしまう、なんてこともそりゃあふつうにあるでしょうよ。
春なのにさ。
ぼくだってそうです。
知らない人たちばかりの中にひとりで入っていくのは億おっ劫くうです。それはこの先、幾つになっても変わらず億劫だなぁと思うことでありましょうよ。
ぼくは、どちらかといえば毎日判で押したように変わらない日々を過ごしていたいと考える者ですから、転勤、転校どころか、席替えだってして欲しくない。不変で穏やかな場所が担保されて初めて、ぼくはいろんなチャレンジができるのですから。
植物だって穏やかな春が訪れたと思えばこそ花を咲かせるのです。油断して咲いたあとに寒の戻りがあって不意に冷たい風が意地悪に花びらを散らそうとしても、もう冬は去ったと思えればこそ負けじと咲いていられるのです。それはこの地球という星に判で押したように順番の変わらない季節の移ろいというものが担保されていればこそです。
でも、そんな穏やかさが担保されないままチャレンジばかりを求められるようなら、それはまるで不安定な根無し草の人生を強いられるようで侘わびしくてたまらず、この星に生を受けた者が辿たどる「生きるという仕事」は何ひとつ上手くいかないだろうなと思います。
人間は、なるべくなら、自分が何者であるかなんて何も説明しなくても了解してくれる、そんな人たちがいる場所で生きているほうが幸福なのです。
そして人はそんな幸福な心のときに「いい仕事をするものなのだ」ということも、ぼくはもう知っています。
「あいつ誰?」「何者?」
そんな冷ややかで無慈悲な目を無自覚に向けてくるほど、社会は余所者に対して不寛容です。
でも、同時に社会というものは、恐れることもない場所であるということもまた、忘れてはならない事実です。
というのも、この社会を構成する全ての人は間違いなく、ぼくやあなたのように、怯えた心という同じ心境を根っこに持って生きているからです。
どんなに余所者に冷ややかで不寛容な人だって、異動でどこか知らない社会にひとりで入っていくはめになって余所者になってしまったら、その瞬間から彼もまた同じ心境になるのです。そうです、条件さえ整えば誰の心にだって「怯えた心」は姿を現すのです。そこには、例外はないという事実を忘れてはならないのです。
おそらく人は、根っこのところに怯える心があるから他人に攻撃をしかけるのです。
怯える心がその根から汲く み上げられてくるから、自分より分かりやすく怯えている他人を見つけると好んで攻撃をしかけもするのです。だって誰かを攻撃してさえいれば自分が怯える者だという現実は自覚しなくて済みますからね。
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『生きづらさを抱えるきみへ』
著者:withnews編集部
2014年に朝日新聞社がスタートしたニュースサイト「withnews」内の1コーナーが「#withyou」です。この#withyouは2018年4月に始まった「生きづらさを抱える10代」に向けた企画で、「いじめ」や「不登校」、「DV」などを経験したことのある著名人(タレント、ミュージシャン、YouTuber、クリエイター等)が自らの体験談をサイトに掲載したものです。その体験談をひとつにまとめたのが本書。新生活が始まる中、「学校に行きたくない」「死にたい」といった悩みを抱え苦しむ人に、著名人たちが「自分も学校にいかなかった」「自分も不登校生活をしていたけど、今はしっかりと生活できている」「学校に行くだけがすべてじゃない」「好きなことをずっとやり続けていれば大人になっても暮らしていける」といった“安心できる”提案をしています。学校や友達付き合いに悩んでいる人に“学校に行きたくなければ行かなくても全然大丈夫”“今の時代、生きていく道はたくさんある。自ら死を選ばないで”という輪を広げていくことをいちばんの目的とした一冊です。