特養老人ホーム入所前、家族の覚悟
親がいつ死んでもおかしくない現実と向き合う
●特養施設に入れること=父の命を預けること
父が「特養」入所前に、やらなければならないこと。健康診断を受け、医師の診断書も必要だ。入所後は施設の提携医が診ることになるので、過去の状態の経緯や常用薬の情報などを提供してもらわなければいけない。父のかかりつけが無愛想かつ仕事が遅い開業医で、腹立つこともあったが、そこはぐっと我慢。排尿の失敗が多いため、前立腺を検査する病院へも連れて行った(これらをすべて母がひとりでこなした)。
本来なら、入所前に「肺炎球菌ワクチン」の予防接種も済ませておかなければいけなかった。公費助成があり、年齢によっては2000円で受けられるのだが、父は一切無視していた。自治体の広報紙やお知らせの封書をちゃんと見とけ、という教訓である。猶予期間があったので、ギリギリ間に合った。自費だと約8000円もかかるらしい。
今後の医療は施設が主体となり、必要なときにその都度適切な処置を行うことになる。
一瞬「知らぬ間に医療費がかさむなんてことにならないか」と不安になるが、入所時にサインする膨大な量の契約書を見て腑に落ちた。
要は、施設に入れるということは、父の命を預けることだ。
●「親の死」への自覚——家族の覚悟と諦め
いつ死んでもおかしくない老人を24時間・365日預かるわけだから、家族もある程度の覚悟と諦めが必要なのだ。
契約書に並ぶ文言を見たとき、急に「父が死に近づいている」ことを自覚させられた。ここで、契約書の中身を少しだけ紹介しておこう。
◇急変時における延命などに関する意思確認書(蘇生処置をするか否か)
◇生命維持が困難になってきた場合の医療処置、食事を経口摂取できなくなった場合、管で栄養を通すIVH(中心静脈栄養)や末梢点滴、経鼻経管栄養、胃ろう造設を問う書類
◇転倒時のケガなど予測不能な事故に関して、施設は責任を負わない・訴訟もしないという「念書」
これらの書面に努めて冷静にサインしようと心がけた。以前、姉とは「胃ろう(お腹に小さな穴を開けて栄養を補給する)はやめよう」と話してはいたのだが、いざ父の命の選択肢をその場で迫られると、頭の奥が痺れて熱くなった。
母が余計な同情を募らせて入所をとりやめるなどと言わないよう、私は極力ドライな姿勢を装う。本当は、父の死を強制的に妄想させられて、脳内はひどく混乱していたのだが。
冷徹に淡々と施設入所を選択しても、こういう細かい感情の揺さぶりは多々起こる。世の中なんでもスッパリ快諾・解決なんて、本当はウソだ。人は弱い。
一方、父はというと、自宅に戻ってびっくりするほど明るくなっていた。一度電話をかけたときは、驚くほど声が大きくて、以前の父に戻ったかのようだった。
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『親の介護をしないとダメですか?』
著者:吉田 潮
『週刊新潮』の「TVふうーん録」コラムニストでフジテレビ「Live News it !」コメンテーターの吉田 潮さんが多くの中高年が直面する「親の介護」問題。
自分の父が「認知症」となった体験をもとに、本音で書き下ろしました。
親を愛すればこそ「介護疲れ」につながる矛盾と真摯に向き合い、著者は、一つの「答え」を導き出しました。