フランス──「水道民営化」先進地での反乱
~先進国の光と影~
日本の水が危ない⑫
大きな理由としては、安全面とコスト面での不満があげられる。例えば、パリでは1985年のコンセッション方式の導入後、煮沸するなどしなければ水道水を飲めないといった苦情が相次いだ。その一方で、水道事業に民間企業が参入した途端、水道料金が跳ね上がることも稀ではなかった。再公営化の先駆けとなったグルノーブル市の場合、1989年から1995年までの間に水道料金は56%上昇し、エクセター大学のヘンリー・ブラー教授が1990年代に行った調査によると、これは公営に比べて40%高かった。
民間事業者による経営が必ずしも期待された効果を生まなかった原因の一つは、フランスのコンセッション方式にあった。フランスでは水道事業への民間参入が加速するなか、それまで水道事業のほとんどを担ってきた各地の水道局は水質保全に特化し始め、全国の水道局の連合体である地域河川流域委員会がその統括にあたった。しかし、同委員会は事業者の決定に介入する法的強制力が与えられなかったため、問題のある事業者に「勧告」はできても、それ以上の措置は事実上とれない。また、この組織には自治体(コミューン)と民間事業者の間の契約内容などをモニターする権限も与えられなかった。
フランスの法律では、民間事業者が自治体に提出する毎年の報告書を、事前の見積もりと比較することも禁じられている。「前提となる条件が異なる」というのがその理由だが、事後の検討さえなければ、実現可能性の低い、安い見積もりで入札を勝ち抜いた事業者にフリーハンドを与えるに等しい。チェックされない状況で経済合理性が最も高い行動は、「作業の手を抜いて楽をして、利用者に吹っかける」ことだ。だとすれば、水行政の透明性の低いフランスで水質の悪化や料金の上昇が発生したことは、不思議ではない。
そのため、環境や安全の問題そのものは、民間委託を続けている自治体でも発生しているが、それにもかかわらず再公営化の波が一部にとどまっている大きな理由としては、民間事業者に対する自治体の発言力の問題がある。
パリを例にあげよう。1985年にコンセッション方式の導入が決定されたパリでは、その後やはり水質や料金への問題が噴出した。そのため、パリ市は水道事業を委託していたヴェオリアやスエズへの監査を強化し、事業者の請求金額が経済的に正当化される水準より25~30%高く設定されていたことや、事前の見積もりに沿って積み立てる資金額と実際の作業費用の差が拡大し、その結果としてコストが実態以上に膨らんで水道インフラのメンテナンスが遅滞していたことが発覚した。民間事業者の問題が相次いで発覚し、それまで「水道民営化」を支持していた人々の反対が沈静化するなか、パリ市は2010年、ヴェオリアとスエズとのコンセッション契約終了にともない、水道事業を公営に戻した。
ただし、フランスはもともと中央集権制が強く、自治体の能力や権限は弱い。パリやグルノーブルなど一部の都市では市当局が監査や司法を活用して水道事業者を追及することができても、人員や資金に乏しい小さな自治体の場合、水メジャーを相手に対等の交渉をすることすら困難だ。また、小さな自治体ほど、契約期間中に契約を打ち切ることで発生する違約金の負担は大きい。それは裏を返せば、30年前後のものが多いコンセッション契約が相次いで終了するこの数年間に、フランスでさらに多くの自治体が水道事業を再公営化する可能性が高いことを意味する。
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KEYWORDS:
『日本の「水」が危ない』
著者:六辻彰二
昨年12月に水道事業を民営化する「水道法改正案」が成立した。
ところが、すでに、世界各国では水道事業を民営化し、水道水が安全に飲めなくなったり、水道料金の高騰が問題になり、再び公営化に戻す潮流となっているのも事実。
なのになぜ、逆流する法改正が行われるのか。
水道事業民営化後に起こった世界各国の事例から、日本が水道法改正する真意、さらにその後、待ち受ける日本の水に起こることをシミュレート。