メンタリストDaiGOを批判する人たちの「無意識の差別意識」【仲正昌樹】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

メンタリストDaiGOを批判する人たちの「無意識の差別意識」【仲正昌樹】

 

■DaiGoのような人を暗に準公人扱いしてしまう危険性

 

 だから、プロの心理学者が、「メンタリスト」が人間科学の総合プロのような顔をして、YouTubeでカウンセリングもどきのことをするのを非常に不快に感じるのは分かるが、こういう騒動があった時に、プロが“本当の心理学”を知っている者として口を出すと、同じ土俵にのることになるので、得策ではないと思う。

 同じ土俵にのると、かえって相手を、“論破されねばならない相手”(=その人とは異なった学説を唱える学者)として権威付けすることになりかねない。「では、プロの心理学者の先生と、メンタリストの●●さんと、どっちが本当に人の心理を読めるか、勝負してもらいましょう」、と言って、それをショーにしようとする輩が出てきかねない。既にいるかもしれない。

 「メンタリストのDaiGo氏」のような人が準公人扱いされると、どういうことになるか考えてみよう。彼のようなメンタリストが、人間の心理を知るプロとして、今回のようにウケを狙った過激発言を続け、それを、YouTubeガイドラインには抵触しないと判断し、削除しない、ということは充分考えられる。すると、それを科学的に裏付けがあり、PC的にも問題のない発言だと受けとめる人が少なからず出てくるだろう。DaiGo氏のような人を暗に準公人扱いすると、裏目に出てしまう恐れがある。

 無論、これはメディアが何となく権威らしきものを与えてしまっている、メンタリストとか自称専門家だけの問題ではない。トランプ前大統領のようなポピュリスト政治家の登場の背景にもなっている根深い問題である。トランプ氏のようなネットの人気者の問題発言を、プロが本気になって批判し、それに多くのネット民がのっかってくると、かえってその人物の権威付けになったり、逆の立場の“準公人ポピュリスト”を生み出したりする可能性がある。

 

■DaiGoの問題発言を「優生思想」との批判は的確なのか?

 

 次に、彼の発言内容について考えてみよう。彼の発言が、歪なエリート意識とそれと裏表の関係にある社会的弱者を侮蔑する意識の現われであるのは間違いないだろう。しかし、それを「優生思想」と呼んでしまうのは、何でもかんでも「ナチス」とか「戦前の~」と言って批判したつもりになるのと同類の、言葉のインフレだ。それだと、「優生思想」とは、「差別意識」の仰々しい言い換えであるかのような印象を与える。言葉が軽くなる。的確な批判とは思えない。また、彼が差別問題に関する知識がないせいで間違った発言をした、と言うのは、啓蒙的知識人にありがちの見当外れである。人権についての「知識」があれば、他人を差別しなくなる、ということはない。だったら、東大の法学部卒や法律家は、最も高い人権意識を持っていないとおかしい。

 本来の「優生思想」というのは、優生学(eugenics)に基づいて、優秀な素質を持った人間の子孫だけが生き残り、人類あるいは民族が繁栄するよう、優秀な者同士の結婚や劣った者に対する産児制限や堕胎、不妊手術などを推進する思想である。ダーウィン(一八〇九―八二)の従弟に当たる遺伝学者フランシス・ゴルトン(一八二二―一九一一)が優生学の創始者である。

 

フランシス・ゴルトン(1822-1911)。イギリスの人類学者、統計学者、遺伝学者。

 

 ゴルトンは進化論の独自の解釈に基づいて、すぐれた素質がどのようにして、どれくらいの確率で遺伝していくか研究し、その“成果”を国家の人口政策に生かすべきことを主張した。精神障碍者等の断種を求める優生思想の運動は、一九世紀末から二〇世紀の前半にかけて、ヨーロッパ諸国、アメリカ、日本に拡がった。ナチスが極端な形で優生思想を実践したことで知られるが、英国でも、ケインズ(一八八三―一九四六)、フェビアン協会の創始者であるシドニー・ウェブ(一八五九―一九四七)、近代福祉制度の基礎を築いたウィリアム・ビヴァリッジ(一八七九―一九六三)など、進歩的な知識人たちが優生学を推進した。アメリカでは、電話の発明者であるアレクサンダー・グラハム・ベル(一八四七―一九二二)や女性の避妊運動をリードしたマーガレット・サンガー(一八七九―一九六六)が優生思想の有力な支持者だった。日本では、ハンセン病患者の強制断種の根拠になった優生保護法(一九四八年)は、優生思想の影響で生まれて来たとされている。平塚らいてう(一八八六―一九七一)が、戦前優生思想に傾倒していたのではないかをめぐる論争もある。

 

ジョン・メイナード・ケインズ(1883-1946)。イギリスの経済学者。

次のページ自分の差別意識や身勝手さを、無理やり美化・正当化する人たち

KEYWORDS:

※カバー画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

※POP画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

 

 

オススメ記事

仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
人はなぜ「自由」から逃走するのか: エーリヒ・フロムとともに考える
  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25