本は「商品」である前に「アート」だった!
深く味わいたい「アール・デコ」高級挿絵本の世界(2)
「知の巨匠」フランス文学者・鹿島茂氏インタビュー(2)
Q——現在の日本の書籍は、表紙にカバーや帯が巻かれています。表紙は地味ですが、それに比べてカバーは色彩もデザインも華やかです。「アール・デコの装飾本」の「表紙カバー(ジャケット)」は、どうだったのでしょうか?
鹿島・・・挿絵本によっては日本のブックデザインと同じように、表紙の上にさらに「表紙カバー」がかぶせてあるものが存在します。この表紙カバーのことを、日本と同じく「ジャケット」と呼びます。
ジャケットのあるものは思いのほか少ないですが、先の『ギルランド・デ・モワ(月々の花飾り)』は、まるで非常に凝ったデザインの表紙を隠そうとでもするようにジャケットがかけられています。このジャケットにももちろんバルビエのイラストが配されています。
Q——本の顔である「表紙」ですが、今の日本の本と同じく意外に地味です。なぜなのでしょうか?
鹿島・・・どの本にも不可欠なのが「表紙」です。
この表紙がボール紙であることはほとんどありません。さっくりとしたやや厚目の紙を用いて、「見返し」のところで余った部分を折り込むようにしてあります。
本の顔であるはずの表紙。アール・デコの挿絵本の場合、意外にもこの表紙が地味なものが多いのです。じつにあっさりとしていて、拍子抜けすることもあります。
Q——なぜ、表紙がどれもあっさりとした地味なものが多いのか?
鹿島・・・それは、購人者が独自に装丁を施すことを前提にする文化が、この頃もまだ続いていたからです。つまり、装丁を施す場合、通常は表紙を外してしまうことがほとんどだったからです。
表紙には当然ながら著者名、タイトル、イラストレーター名、発行所などの文字情報が盛り込まれています。そしてイラストはというと、これが中央に配されたワン・ポイントのものがほとんどで、この表紙の段階からフルにイラストを入れることはほとんどないですね。そのイラストもヴィニェット風の簡素なものが好まれました。
19世紀の古書の場合、表紙が装丁に組み込まれていることはほとんどありません。そのため、ときに奇妙なことが起きることがありました。それは表紙にしか出版社名が記入されていないのに、装丁するときにその表紙を外してしまうため、装丁された後の本だけを見ると、出版社名がわからなくなってしまうことです。
Q——「見返し」には、どのような特徴があったのでしょうか?
鹿島・・・カバーの裏に貼られているのが「見返し」です。
アール・デコの挿絵本の場合、この「見返し」に、ごくごく稀にですが、さまざまな凝った文様を入れているものがあります。
この見返しの文様は、仮綴じの原書ではなく、革装丁を施すときに装丁家が、依頼者の好みに従って選ぶことになっていました。しかし、仮綴じに見返し文様を人れるケースは、非常に少ないですが皆無ではありませんでした。
その数少ない例外が、バルビエ、ルパップ、マルタン、マルティ、ボンフイス、シメオンがファッション・イラストを競演した『モード・エ・マニエール・ドージュルデュイ(今日のモードと着こなし)』。この見返しは、どの年の冊子もじつに素晴らしいもので、当時のデザイン・センスの良さをうかがうことができます。
Q——表紙とは対照的に、「扉(タイトルページ)」は非常に凝った作りになっていますね。
鹿島・・・購入者が外すことを前提にした表紙。これは、アール・デコの挿絵本でも、概して地味目につくられていると説明しました。この表紙とは反対に、装丁でも絶対に外してはいけない「扉(タイトル・ページ)」は、どれも凝ったつくりになっています。デザイナーがここに情熱を傾けているのがよくわかります。ちなみにこの扉は、フランス語では「ティトル」ないしは「フロンティスピス」と呼ばれます。
挿絵本の場合、フロンティスピスはむしろ、この後で述べる「口絵」のことを指します。そのため扉はティトルといわれることが多いです。
この扉には、カバーや表紙では省略されることもあった文字情報がすべて拾われています。ただし、発行年は記されていないケースもありました。また挿絵本なら、扉にはたいていはイラストがあるのですが、文字だけの扉も皆無ではありません。
イラストはヴィニェット風のワン・ポイントのものがほとんど。どんなヴィニェットを使うかは、デザイナーのセンスと思想によりました。
Q——最後に「フロンティスピス(口絵)」の役割を教えてください
鹿島・・・挿絵本のほとんどには、扉のページと差し向かいのページに「フロンティスピス(口絵)」がフルページのサイズで入っていることが多くありました。このフロンティスピスのイラストは、物語の最初の部分を絵解きしたものもありますが、たいていは物語全体の要約となるような象徴的なイラストが配されていました。
それは、フロンティスピスの起源というのが、そもそもそういう機能を有していたからです。極端にいえばこのフロンティスピスをしっかり眺めるだけで、物語の内容がほぼわかるようなものがベストとされていたのです。
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鹿島茂コレクション アール・デコの造本芸術 高級挿絵本の世界
日比谷図書文化館では10月24 日(木)〜12月23日(月)まで「アール・デコの造本芸術」展を開催中。20 世紀初頭、アール・デコ華やかなりし時代に、革新的なデザイン感覚を持ったイラストレーターと、高度な技術を持った印刷職人とのコラボレーションにより次々と産み出された高級挿絵本。それはまた、新鋭イラストレーターを起用し新しいモード・ジャーナリズムを見事に開花させた先見の明ある編集者の登場と、裕福なパトロンが同時代に存在するという、幸福なできごとにより生まれた芸術でもありました。
本展では、フランス文学者の鹿島茂氏が 30 年以上にわたって収集してきた膨大な数の個人コレクションの中から、バルビエ、マルティ、マルタン、ルパップによる挿絵本と、4 人がそれぞれに関わったファッション・プレート合わせて100 点あまりを紹介します。アール・デコの造本芸術の優美な世界をご堪能ください。
エマニュエル・トッドで読み解く世界史の深層
鹿島茂
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自らの力で道を切開いてきた男たちの人生から学ぶための一冊!