都内で営業マンをしていた私が茨城で狩女子になったらどうだった!?
【第15回】都内の美人営業マンが会社を辞めて茨城の奥地で狩女子になった件
秋、大事件が起こります。文字通り汗水たらし大切に大切に育てた落花生が収穫直前、イノシシにやられてしまいます。正直大打撃です。これにはさすがに涙が出ましたね……。この時はまだ「狩猟免許」を持っていなかった私には何もできません。苦肉の策でペットボトルに水を入れて猫除けならぬ、イノシシ除けを作って置きました。(当たり前だが効果は無い。)今思えば笑っちゃうようなイノシシ対策ですが当時の私は大真面目で必死だったんですよ!!( ゚Д゚)
そうこうしているうちも落花生は根こそぎ持っていかれてしまいます。イノシシ対策に本腰を入れないとなぁと思い、いろいろ調べてみた結果「狩猟免許」に行き当たったんです。そして勉強していくうちに、近年の後継者不足や高齢化による猟師の減少、それに比例する害獣被害の爆発的な増加、農家の減少、耕作放棄地の増加……たくさんの問題に直面します。私の住んでいるところでは、もう街中にまでイノシシが降りてきています……。先日、乗用車と150kgもあるイノシシとの衝突事故が起こり運転者は無事でしたが、車は廃車になるという事故が起こりました。また近くの会社では、あまりにもイノシシが出るので従業員にライトなどを配りイノシシ対策をしているそうです。小学生の通学路にもイノシシは出てきます。事態は本当に深刻なんです!
だけど、いざイノシシを減らすために狩猟免許を取ろうと思っても、情報が散乱していて必要な書類を揃えるのも一苦労です!(´;ω;`)
しかも私が選択したのは「罠師」。無事に免許の取得はできたものの、メジャーではない罠については1から情報発信している人も少なく情報を集めるのが本当に大変でした……。高齢化により猟師の人数は減っていく一方、このままでは素晴らしい技術や知識は失われていきます。それに無知で非力な女の私1人が頑張っても現場でできる事は限られています。なにか私にできる事はないだろうか?
だったら私が情報発信をしていけばいいんだ。
自分の為、自分たちの軌跡を残す為に。
そして同じ想いを抱く遠くの誰かの為に。
東京に長いこと住んでいた私だからこそ分かった田舎暮らしの素晴らしさ。自分で作ったお野菜たちの美味しさ。それを害獣にやられてしまったことの無念さ。何もできない私が罠師になって1歩ずつ歩んでいく姿。先人たちが受け継いできた技術。
それを伝えていきたい。
罠の見回りをする時、いつも山の声に耳を傾けます。
息は白く、耳と鼻はじんじん寒いけど、鼓動が暑い。
罠を仕掛けたポイントに近づくにつれて気持ちがはやる。
ブーツで落ち葉を踏んだ時のカサカサとした音と息が上がってハァハァ自分の吐く息だけが聞こえる。
罠をかけたポイントに猪がかかっていないと、ちょびっとホっとする傍ら、悔しい気持ちになりながら罠の周りの獣の痕跡を探す。
(明日は雨が降る。絶好の機会だ)
(今日はどこに罠を仕掛けよう)
(仕掛け終わったら、ポイントを離れて、マグボトルの中のコーヒーで暖まろう)
そんなことを考えながら今日もけもの道を探しています―。
【終わりに】
今回は、1年の締め括りに私が東京から茨城に来てからの日々を思い起こしながらの振り返りを綴らせて頂きました。私は今の暮らしにとても満足しています。田舎暮らしに憧れている方、是非思い切ってその一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。東京である程度安定した暮らしをしていた私にとって、一度すべてをリセットして茨城に来て、農業を始めて、猟師になるのはとても勇気がいりました。生きていけなかったら、失敗したらどうしようという思いもありました。でも。1度や2度、失敗したくらいで人生は終わりません。失敗をしたことに敗北感や負い目を感じる必要もない。何歳になったって、新しいことを始めることはできるし、軌道修正だってできます。挑戦すること、貴方の人生は何が起こってもあなただけの物なんです。
私の来年の抱負ですが、現在ほとんど破棄されてしまっているジビエ肉を少しでも無駄にならないよう食肉処理施設を運営し、少しでも地域貢献ができることを目指して、新しいことに挑戦していこうと思います。そして、罠猟以外にも猟銃の所持を含め、これからハンターを目指す方に少しでも参考になるような情報発信をできればと思っています。
次回は狩猟活動には欠かせないナイフについて、ナイフの歴史や種類、そして私が使っているカスタムナイフについて綴らせて頂きます。この連載を通して私の、私たちの想いが、少しでも誰かに繋がり、そして何かのお役に立てれば幸いです。
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