演奏会はお菓子工場のようなもの!?
クラシック音楽を10倍楽しむオーケストラ入門
■演奏会はお菓子工場のようなもの
空気が嵐のように渦巻く演奏をするオーケストラとは、どんな集団なのでしょうか。
オーケストラはさまざまな種類の楽器の奏者の集合体です。ステージ上の並び方にもルールがあり、中心にいる指揮者を取り巻くように楽器が並んでいます。基本的には一番内側にいるのがヴァイオリンとビオラ、チェロ、コントラバスで構成される弦楽器の一群です。その後ろがクラリネットやファゴットなどの木管楽器、さらにその後ろにトランペットやホルンなどの金管楽器がいます。一番奥に陣取っているのがティンパニーをはじめとする打楽器です。
演奏ではそれぞれの楽器の特性による役割分担がありますが、それ以外に、演奏を進める上での役割もあります。詳しいことは後述しますが、ここで簡単に紹介しておきましょう。
演奏を進めるのはもちろん指揮者ですが、演奏会そのものは「コンサートマスター」(コンマス)という肩書の人が仕切ります。コンマスは必ず指揮者に一番近い場所に座っていて、指揮者がステージに登場する前に、オーケストラの全員で音を合わせるチューニングの合図をしたり、指揮者と握手して、ときにはひと言、ふた言話しかけたりします。
コンマスの後ろに2列で並んで座っているのが、僕がいる第1ヴァイオリンのチームですオーケストラの楽器の中では主に高い音域を担当し、主旋律を弾くことが多いので、演奏中はいつも忙しく弓を動かしています。
その第1ヴァイオリンの中で、コンマスのそばにいてコンマスの仕事をフォローしているのが「フォアシュピーラー」と呼ばれる人たちで、昨年末まで僕もその一員でした。それ以外のメンバーは「トゥッティー」と呼ばれています。
肩書きだけを見れば、コンマスは部長のような偉い存在で、フォアシュピーラーは課長級、トゥッティーはいかにも下っ端という印象を受けるかもしれません。
コンマスになるにはそれなりの経験や技術、そして度量が必要なのは確かですが、あくまでも役割分担の一席であり、フォアシュピーラーにはフォアシュピーラーに、トゥッティーにはトゥッティーに課される大切な仕事があります。つまり、全員が自分の務めを果たしながら演奏しています。
僕はオーケストラの演奏を「お菓子を製造している工場」にたとえることがあります。コンサートホールはお菓子工場、オーケストラは工場のスタッフ、聴衆の皆さんは工場見学にやって来た人たちです。
指揮者の合図でオーケストラが一斉にお菓子作りにとりかかります。皮を作る人、あんこを練る人、できた皮であんこを包む人、最後に飾りを付ける人と、みんなが自分の役割を持っています。どんなお菓子がおいしいのか、自分たちはどんなお菓子を作りたいのかという点で全員の気持ちが一体となったとき、最高においしいお菓子、すなわち最高の演奏が生まれ、客席に届くのです。
お菓子が作られる工程を見ながら、完成したお菓子をその場で味わえるという、ぜいたくな体験ができるのがコンサートなのです。
つまり、ステージにいる全員が、おいしいお菓子を作り出すために重要な役割を担っているということです。ですから演奏中の目立つメロディを奏でている人以外にも、しっかりと目を向けてみてほしいと思います。
誰かがソロを弾いているうしろで「チッチッチ」と小さく弦をはじいている人も、難しそうな顔で楽譜を見つめている人も、実は今、一生懸命あんこを練ったり、お饅頭を丸めたりしています。
もちろん、「あの人、なんだか退屈そうだな」とか「一人だけ弓の動かし方が違うけどなんでだろう?」といった興味本位の観察やアラ捜しをしていただいてもかまいません。指揮者やソリストといった主役以外のメンバーを見ても楽しめるのが演奏会なのです。
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『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』
著者:齋藤真知亜
“N響"の愛称で知られる、NHK交響楽団。1986年に入団し、今日までヴァイオリニストとして活躍してきた著者による、初めてのオーケストラ本です。どうしても堅苦しく、格式が高いイメージで捉えられがちなクラシックの世界を、演奏する側の気持ちを交えて分かりやすく解説します。演奏時の楽団員それぞれの役割や、ステージ上で感じる緊張など、オーケストラの一員である「オケマン」目線で本音を綴り、コンサートや音色の新しい楽しみ方を提案。「知れば知るほどもっと奥へと分け入りたくなる、秘境にも似た魅力」と著者が語る、クラシックの世界をお楽しみください。