ひとりの決断とひとりの決心。ふたりの吹奏楽部員の涙と想い
~「全国初出場」をつかみ取るまでの軌跡~
小松市立高等学校吹奏楽部の大きなピンチ②
定期演奏会後に2年生が修学旅行で不在になったとき、3年生は真剣に話し合った。
自分たちの目標はいつも練習に使っている視聴覚室の壁にも貼ってある「全国金賞 オールA」だ。しかし、このままでは北陸大会に進めるかどうかも危うい。高校生活最後の年に後悔はしたくない。今が「変わる」ことができる最
後のチャンスかもしれない。
一人が口を開いた。
「本気で全国大会を目指すなら、今の幹部じゃ無理やと思う」
その意見に同調する者は多かった。すると、「いや、今のままでいい」という意見も出た。
3年生同士でも意見がぶつかり合う事態。部活が分裂する危機的状況だった。
マユは苦しい立場に置かれた。
「今まで頑張ってきたんやし、これからも部長を続けたい」という思いはあった。しかし、マユの一番の望みは全国大会に出場することだった。
「他にリーダー役に向いている人もいる。幹部が変わったら、今の悪い空気も変わるやろうか……」
マユは悩んだ末、「全国大会へ行くために自分が部長を降りる」という苦渋の決断をした。
他の3年生たちにとっても、それはつらい結論だった。そして、改めて投票が行われ、コムギに多くの票が集まった。
「みんなが2度も選んでくれたんや。それなら、やってみよう!」
コムギは部長を引き受けた。こうしてマユは「前期部長」、コムギが「後期部長」という形になった。
副部長の2人も中村美実と金谷朋音に変わった。
役職を降りた副部長たちは泣いていたが、マユの目に涙はなかった。
「マユ、どう思っとるんやろ」
コムギは気になった。
しかし、他にやるべきことが山ほどあった。石川県大会が1カ月後に迫っている。
もし落ちたら、その時点で引退なのだ。
後日、部長と副部長が変わったことを後輩たちに告げると、誰もが驚きの表情を浮かべた。ずっと対立していた2年生も素直にその変更を受け入れた。
「3年生は、全国大会に行くためにそこまでするんや。本気なんや」
2年生はそう感じ取ったのだろう。
部長と副部長を変えるという荒療治は功を奏し、小松市立高校吹奏楽部は急速に一体感を増していった。後期部長のコムギは91人の部員の先頭に立ち、突っ走り始めた。
一方、マユはというと、部長の交代が悔しくないわけがなかった。みんなの前では以前と変わらず笑顔を浮かべていたが、県大会直前までショックを引きずり続けた。
コムギたち新しい幹部の姿を見て、「自分たちもあんなふうにやればよかったんやな……」と後悔した。落ち込んだ日は家に帰り、お気に入りの「泣けるポップソング」を聴きながら思い切り号泣した。そして、一人で気持ちを切
り替え、部活に出続けた。
良いこともあった。ユーフォニアムパートの3年生はマユ一人だけなのに、それまで部長の仕事が忙しくて後輩たちと一緒にいる時間が極端に短かった。しかし、部長交代後はパート練習をしたり、会話したりする時間が持てるよう
になった。
部内を見ても、みんなが前向きになっているように感じられた。
自分の決断は間違っていなかった――マユはそう思った。
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『新・吹部ノート 私たちの負けられない想い』
オザワ部長 (著)
「吹奏楽の甲子園」と呼ばれる全日本吹奏楽コンクールをめざす、ひたむきな高校生の青春を追いかけたノンフィクション・ドキュメント第4弾。 今回、実力があるのにコンクールでは涙を飲んできた、そういう高校(吹奏楽部)を前面に押していきます。常連校のようなある意味“でき上がった"子たちではなく、実力はあるのにまだ出し切れていない、その分、どうしてもコンクールに出場したいという闘志がむきだしの熱い想い、狂おしいほどの悩み、そして大きな壁を乗り越えてゆく姿を魅せていきます。 【掲載校】 〇磐城高校(東北) 〇明誠学院高校(中国) 〇伊奈学園総合高校(関東) 〇活水高校(九州) 〇小松市立高校(北陸) 〇八王子高校(関東) 〇東海大仰星高校(関西)