認知症の父、特養ホーム入所1か月「誰も来ない日はしょぼーん(´・ω・`)だよ」とつぶやく【ドキュメント母と娘「父の介護日記」】
母と子はこうしてだんだん疲弊する③
特別養護老人ホーム(以下、「特養」と表記)に入ってからの父の状態と、心揺れる母の言動を、私(=潮)の視点から記しておいた。母も日記をつけ始めた(母の日記は【ネーヤ・記】と表記)。私の視点、ときどき母の視点で綴る「まあちゃん介護雑記」。入所からの1年間を振り返ろうと思う。ちなみに、父と母はいつもの呼称、「まあちゃん」「ネーヤ」で書くことにする。娘の呼称は、「長女・地獄」「次女・潮(私)」で表記する。
父が特養に入所してから1か月、今度は母が「お父さんかわいそう病」にかかって・・・。
●「まあちゃんがかわいそう」母・ネーヤ、ほだされ始める
2018年4月13日(金)
13時到着。看護師さんにまあちゃん(父)の排便記録を確認してもらう。
「11日に大量に出てます」「自然なお通じがないので、下剤は3日に一度、調節していますよ」とのこと。排便記録を確認するといい。本人は出した記憶というか、自覚がないらしい。
まず『東京新聞』を渡して読ませている間に、クイックルワイパーで部屋の床を拭く。ほこりとティッシュのカス。まあちゃんが汚してるんだな。ダジャレも10発くらい出た。たいしたものはなかったけれど。
お饅頭を買っていったが、食べず。
車椅子で外に連れ出し、花を見て回る。
「これはチューリップか?」などと興味を示す。自衛隊の飛行機が訓練でグルグル回っていたのを観て、
「あれは海上自衛隊。この近所に基地があるから」とまあちゃん。
「飛行機だから航空自衛隊じゃないの?」と聞くと、「海自」だと言い張る。ずっと旋回していたので、食堂のおばあさんたちも「今日は飛行機が多いわねぇ」という話から空襲の話になっていった……。老人ホームあるある、かな。
女子トークも盛り上がっていた。
私は近づかないようにした。
私がいると、ばあさんたちがちょい緊張するみたいだから。しばらくすると「最近の子供は親をこんなところに入れて。昔の子供は親の面倒をみたもんだけどねぇ」と愚痴大会へ。毎度のことだ。
徘徊がひどいおじいさんが何度も部屋に入ってくる。
まあちゃんいわく「あのじいさん、しょっちゅう入ってくるんだよ。おちおちウンコもできない」
夕方。「俺もそろそろ携帯電話を買おうと思ってるんだ。この前も電話かけさせてくれって事務所に行ったけど、かけさせてくれないんだよ。家に連絡できないじゃないか」と言う。否定せず「でも今はスマホが主流で1台10万円くらいするよ」と返すと、「そんなにするのか!」と驚いていた。iPhone(アイホン)最新機種はそれくらいするので噓ではない。高価とわかると、考え直すまあちゃん。倹約が美徳の昭和初期人はわかりやすく御しやすい。
ホームへ行った帰りに実家に寄る。
バスを乗り継いでうまくいけば20分で着く。ネーヤ(母)に今日のまあちゃんの話をすると、「携帯なんて持てるわけないじゃないの!」と真に受けて怒り出す。
だーかーらー、認知症の人はすぐ忘れるんだから、受け流せばいいの!
ネーヤ、銀行で3万おろせばいいところ、15万もおろして、頭がぼーっとしたと告白。また、「俳句の先生や友人が遊びに来たとき、せっかくお土産を用意したのに渡し忘れた」とか、「コタツのスイッチ入れっぱなしだった」とか、モノ忘れは徐々に激しくなってきたようだ。ネーヤもしゃべること、人と接することが必要だと思った。
ネーヤ世代の人は常にせわしない。
やたらあちこち濡れ雑巾で拭きまくったりするよね。きっちり拭いてくれるならいいが、絞りが甘くて、ちょっと生乾き臭がしたりすると最悪。
まあちゃんは67歳くらいのとき、すでに自転車に乗れなくなっていたという事実を知る。
2018年4月16日(月)【ネーヤ・記】
相変わらず床やベッドにちり紙の残骸散乱。夫に聞いてもわからない。
「ログハウス(現在、長女・地獄が住んでいる家のこと)に火災保険をかけたほうがいい。変な人が泊まって騒いでいるので、そいつらに火をつけられたら大変だ」と言う。下手に反論せずに聞いたが、どうやら夢の話のようだ。
機能訓練の説明。2割負担だと、1回24円かかるとのこと。
2018年4月19日(木)【たまたまネーヤと私のW登板の日】
12時前に到着。ちょうどネーヤが車椅子のまあちゃんを散歩させているところだった。
隣にある老人ホームのほうまで車椅子で散歩に行くらしい。
私は玄関で歩かせる。意外と元気だ。ネーヤには相変わらず愚痴を垂れる。娘の私にはあまり言わない。
昼食後、ネーヤが父の足をマッサージ。やせ細ったすねを毛ごとゴシゴシこする。
「痛い!」というまあちゃん。タクティールケアは撫でる程度に優しく触れるのが基本。ネーヤのマッサージは、ある種の拷問。まあちゃんもわざと痛がっているフシもある。いつもの夫婦ごっこか。
マッサージを終えた後、再び外へ。歩かせる。そしてネーヤを車椅子に乗せて、後ろから押させる。案外スムーズ。
しかし、まあちゃん、今日は無口。マッサージしながら思い出話をさせようとしたら、全部ネーヤが答えてしまう。本末転倒。
「まあちゃんに思い出させようとしてるんだけど、あなたが全部しゃべっちゃう」と諫(いさ)める。でもネーヤもしゃべりたがりの寂しがり。老人ふたりを介護する気分。
ずんだ大福をテーブルの上に置いておいたら、スーッと手を伸ばして勝手に食おうとするまあちゃん。でも、フィルムが剥がせない。ネーヤが剥がしてあげる。甘やかしおって。
ホームに来て気づくこと。
徘徊がひどい人の家族は、今まで大変だっただろうなと思う。まあちゃんは足腰が弱って徘徊がなかったのでよかった。認知症の幅の広さを思い知る。
2018年4月21日(土)
ネーヤから夕方に電話。
今日行ったら、まあちゃんが「金をくれ。なにかあったときにバスで帰る」と言う。「こんなところにいても寝て食うだけだ、帰りたい」とネーヤに繰り返したらしい。
ネーヤ、ほだされ始めている。ただし、理由はほかにもある。
①まずホームへ行くのが不便。バスが来なくて30分~50分待つことも。これが一番のネック。
②レクリエーションがなかなか始まらない。
③まあちゃんがかわいそうということと、自分が寂しいということが重なっている。
姉・地獄に相談するも「そんなの無視しておけばいいんじゃない?」と冷たい。
特養を出てどうするのか。ショートステイを繰り返すのか、デイサービスを毎日入れるか。お金がいくらになるのかわからないが、自宅で風呂は無理だ。それに出てしまったら、二度と特養には入れなくなるだろう。
認知症も進んで寝たきりになって、どうするというのか。
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