マジ(馬路)駅、ハゲ(半家)駅、鉄オタセンサーを鳴らすオモシロ駅名 ~女子鉄ひとりたび~
【JR奥羽本線】及位(のぞき)駅へいざ出発!のぞいた先に何が見えるのか?
■反社会性を帯びつつも、どこか甘美な誘惑を彷彿とさせる響きの「及位(のぞき)駅」
おもしろい駅名を見つけると「この駅には何があるんだろう?」とウキウキしてしまう。それはたいてい乗り鉄中に発見する。時刻表の索引地図は、フリガナがなく解読できないからだ。そのため、珍しい読み方や不思議な語感の駅名が車窓に現れると、ピコンと鉄ヲタセンサーが鳴ってしまう。
例えばこんな感じ。
●南蛇井(なんじゃい)駅(上信電鉄)
●小前田(おまえだ)駅(秩父鉄道)
●半家(はげ)駅(JR 予土線)
●馬路(まじ)駅(JR山陰本線)
など、全国にはおもしろい駅名が玉手箱のように隠れている。
私のイチオシはお寿司シリーズ。
●エビ(江尾駅・JR伯備線)
●カニ(可児駅・JR太多線)
●イクラ(井倉駅・JR伯備線)
●トロ(土呂駅・JR東北本線)
など、美味しそうな駅が点在しているのだ。実際に土呂駅へ行ったときは、駅近くにあるお寿司屋さんに入ってトロを注文した。いつも、こんなふうに駅名と遊んでいる。
さて今回はJR奥羽本線にある及位(のぞき)駅を訪れた。この駅は山形と秋田の県境に近い場所にある。人里離れた山の中にあり、一日の乗降客数も20名程度と少ない。鉄道ファンが喜ぶ、秘境駅的なロケーションだ。駅名の由来は、かつてこの地で、崖から宙釣りになりながら岩と岩の間の穴を覗くという修行をしていた人がいたことにちなむ。後年その修行僧が高い「位」に「及」んだことから「及位」との漢字があてられた。
以前、ここを通過したときに、その存在を知って衝撃を受けた。私は窓に張り付いて、駅名を凝視したまま列車に運ばれていった。しばらく胸の高鳴りが止まらなかった。反社会性を帯びつつも、どこか甘美な誘惑を彷彿とさせる響きのこの駅名に、すっかり魅せられたのだ。
「駅名標と一緒にツーショット写真が撮りたい!」
この想いをかなえるため、ある冬の日に向かった。
■銀世界の中心で「のぞき!」と叫ぶ
新幹線や駅を相手に、恋多き私は、新庄駅までやってきた。この駅を境にレール幅が変わるため、ホームが南北に分かれている。また、陸羽東(りくうとう)線と陸羽西(りくうさい)線の2本も乗り入れており、街の規模に対して駅構内はとても大きい。山形新幹線が延伸された際に改築された駅舎をしばし眺めたあと、奥羽本線の湯沢行きに乗車した。ピンクのラインが可愛いステンレス車体の電車だが、前面に雪がたくさんくっついて、白ひげのサンタクロースみたい。
冬場の東北地方では、車内保温のため停車中もドアを締め切るのが基本。そのため、乗客は自分で開閉ボタンを操作して乗り込む必要がある。ドアを開けっ放しにすると車内はみるみる冷え込むため、どの乗客も素早く乗り込み素早くドアを閉める、という暗黙のルールがある。郷に入っては郷に従え。私もその法則に従って、急いでボタンを押した。
新庄の市街地を抜けると、すぐに列車は山の中へ。車窓には雪がちらつくようになり、雪国に来たことを改めて実感する。線路の周辺は白一色だが、雪は光を反射するため、空はどんより曇っていてもそれなりに明るく感じる。銀世界の中では紫外線が強いので、到着前に日焼け止めクリームを塗りたくった。そしてツイッターにこう投稿した。
「及位駅。今から3時間後までに次の投稿がない場合、事務所へ連絡してください」
これはファンと私の暗号である。意味は「今から及位駅に降ります。おそらく携帯電話は圏外だから、もしものことがあれば事務所へ連絡して詳細を伝えてください」ということだ。マネージャーは鉄道知識が全くない。ゆえに、そのときの正しい対処法がわからない。鉄道に詳しいファンのほうが、的確な指示を出してくれる。これまでも何度か同じ内容を投稿し理解をしてくれているため、「了解。楽しんできてね」と瞬時にたくさんの返信が来た。準備は万端。いざ、魅惑の駅へ!
及位駅に到着すると、下車したのは私だけ。ホームには新雪が降り積もり、踏みしめるとざくざくと心地よい音がする。名古屋出身の私は、この歳になっても雪を見るとわくわくしてしまう。タレントの仕事は全国へ出向くことが多く、雪を見る機会は飛躍的に増加したものの、何度見ても童心に帰らせてくれるから大好きだ。
まず、及位駅の駅名標に向かって「あなたに会いたかったの! やっと会えた!」と、テレパシーで募る想いを伝えた。そして、念願のツーショット写真を思う存分に撮るのが目的だ。でも駅名標は、ホームを覆った雪に埋もれて、よく見えない。こうなると自分で除雪するしかない。そこで体を使って〝人間ショベルカー〞となり、周辺の雪を取り除くことにした。着ていた防寒着は防水加工されているものの、すぐに雪の冷たさが体に伝わり、芯から冷え切ってくる。誰に頼まれたわけでもないのに、山の中で一心不乱に雪をかき分けた。
「女30代。こんなことをしていていいのかな」との思いが、一瞬、頭をよぎった。
「いや、いいんだ。自分なりのこだわりを持ちながら、テーマを決めた鉄道旅行をしている。鉄道とはそもそも人生を豊かにしてくれる、奥深くて楽しい趣味。これで満足できるなら、こんな幸せなことはない!」
私は人間ショベルカーを続けた。
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『女子鉄ひとりたび』
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木村裕子
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