【介護の葛藤】認知症の父を特養ホームに入所させたことから始まる「長生き」への願いと重荷
父の介護で見えてきたもの③:先が見えない認知症
今の時点で見えてきたもの———今回は認知症の父親がこれからどうなるのか? 先が見えない未来と父と母に残された時間との中で適宜ベターな解決を模索する「スタート」地点に立つ覚悟を綴った。
老いた父の「先が見えない」認知症
父は特別養護老人ホームに入所できたが、この先がまだまだ長い。認知症だが内臓は元気で、大怪我もまだしていない。私の予測ではこの後10年以上は生きるのではないかと想定している。長生きしてほしいと願うのは、母も同じ。父が生きている限り、年金が支給されるし、母の生活をある程度支えてくれているからだ。
ホームに入れてひと安心であることは間違いないが、そこがゴールではない。スタート地点というのは、今後、父の症状の進行と向き合わなければいけないからだ。
父は排泄の問題が一番大きいのだが、暴力的な行動や徘徊などはまだあまり見られない。自分がどこにいるのか、今がいつなのかがわからない「見当識障害」が強く、時折「せん妄(つじつまの合わないことを言ったり、何かをばらまいたり、幻覚を現実と思いこむなど)」が見られる程度だ。
◆「賢者タイム」と「認知症タイム」の繰り返し
ただし、ユニットを出て事務所まで自らの足で歩いていき、「電話を貸してくれ、家に帰る」と言い張ることもある。その際に興奮して、スタッフさんにやや暴力的な言動をとることもあるようだ。さらには転倒もする。こういうときは、ケアマネジャーさんから連絡がくることになっている。連絡を受けた母はホームへ駆けつける。「徘徊」に近い言動はすでに始まっているのだ。
規則正しく、カロリーコントロールされた食事のおかげで、体の軽くなった父は、いつか脱走するかもしれない。止めようとしたスタッフさんに声を荒げて、暴力をふるう可能性は充分にある。もし頻繁に問題行動を起こすようになったら、鎮静剤のような薬で抑えなければいけないときも来るだろう。
ダジャレを連発して、すらすらと昔話をする「賢者タイム」もあれば、何を言っても聞かずに興奮したり、逆に意欲低下でまどろむ「認知症タイム」もある。すこぶる調子がいいときもあれば、返事すらせずベッドに寝ているだけの日もある。
要するに、この繰り返しなのだ。スタッフさんと連携して父のパターンを把握する必要があるし、母にかかる負担は極力抑えていきたい。
(『親の介護をしないとダメですか?』より構成)