Scene.3 面白すぎる、人々が。
高円寺文庫センター物語③
「なに、もぉ入荷しただと!昨日の今日じゃねぇかよ、そんなにすぐは金ねえや!」
木田さんと言うお客さんには、なに言っても怒られた。
そもそもは「これをな、取ってくれよ。新宿の大型本屋に行っても、たらい回しだろ、時間と交通費の無駄だからおまえのところに頼んでやるわ」
日曜日の新聞書評を見てのご注文。これを客注品と言うのだが、こうしたお客様のためにも月曜日は神保町に仕入に向かう。当時はまだ多くの、中小の取次店が軒を連ねていた街並みは神田村と呼ばれ、この問屋街に客注品と独自仕入れのために通っていた。
「本は欲しい時が読みたいとき」と思うので、取次経由なら注文品の入荷に一週間から十日はかかるところを神田村に在庫があれば受注の翌日にでも仕入ができて、うるさ型のお客様にも対応できる。
「しょうがねぇなぁ、今度から注文はおまえのところに任せるわ」で、常連さんゲット!
それからの木田さんは、ニコニコおじさんに変身して楽しくお付き合いが始まった。専門書などは高額なので、客単価の上がるありがたいお客様になってもらえたのだった。
アタマの中には、ローリングストーンズの「Like a rollingstone」が流れる。
Scene.3 面白すぎる、人々が。
『戦艦大和建造秘録』6000円くらいかぁ、仕入れよう。
「もしもし、タツロクさんですか? お好きな感じの新刊があるんですよ、帰り道に寄ってくださいね」
テレビで学んだ、キャバクラ嬢がちょっと間の空いた常連さんをお誘いする電話の手口をパクってみた。
タツロクさんはボクと同じミリタリー好き、彼の趣味にきめ細かく対応して先行仕入れで電話販促。棚には戦記物文庫の新刊も見やすく並べて、帰宅時間のご来店を待つだけ。
「店長、文庫の新刊まで入っているね。さっきの電話の本は?」
「はい、この1冊だけ取り置いてありますよ。タツロクさん専用取り置き棚ですからね」
「それから、この『仮面ライダー写真集』近刊なのでパンフレットを取っておきましたよ」
「店長、憎いなぁ! ライダー趣味を知っていたっけ?」
「先日のカラオケでライダーを歌っていたから、好きだと思ったの」
同じ趣味のお客さんと、趣味話で吞んで個人情報収集。ミリタリー物は1冊で何万円の企画モノがあるし、これまた高額のありがたい客単価の上がるお客様。
「店長、また来ていますよ。にこにこシャキさん」
「これは、りえ蔵のお気に入りでね。品切れ情報を聞いた時に、りえ蔵が出版社に電話して売り続けるから品切れにしないでって生き残ったいわくつきの文庫なんですよ」「こんにちは、よくこんな岡本太郎の文庫を平積みしていますね」
ランチタイムには必ず来てくれるシャキさん、毎日のように買って行ってくれる常連さんは本当にありがたい。そして必ず、展示本や本の話題での二言三言は店作りの参考にもさせて戴いた。
本好きだから本屋の常連さんになるのは当然にしても、後日この方は詩の専門出版社に入りたいと言い出した。
「出版は薄給で労働条件よくないし、いまの堅実な会社の方がいいですよ」とのアドバイスも無駄で根負け、その知り合いの出版社を紹介したら入ってしまった!
すでに退職して家庭を持ち教職にもあるそうだが、後悔してなかったのかな?