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Scene.3 面白すぎる、人々が。

高円寺文庫センター物語③

「店長、万引き犯じゃないですか!

さっきから、棚の陰からちらちらレジの方を窺っているんですよ」

確かに挙動不審、でも経験則からの万引き犯的な匂いがしない。カジュアルな風体からは、ライターか編集者の業界関係者といった勘が働く。

業界関係者の来店目的はさまざまで、名乗ることもなく店の視察をする方々もいる。

後年、ボクは出版社に転じて関西から全国出店した大手書店本部に行ったことがある。その際、幹部クラスの方々が文庫センターに視察に来られていた事実に驚かされた! 勉強しているな。

万引き犯に間違われたのは、大手出版社のシャイな編集者だった。ご挨拶くらいしてくれればいいのに、直接的な関わりがないと、性格的に名刺交換すら恥ずかしいらしい。

編集者の都築響一さんの著作『TOKYO STYLE』に、彼が当時住んでいた高円寺の部屋が紹介されていた。そんな洒落を解する方なので、親しくなってからは常連さん。やはりミリタリー趣味もあって、しばらくミリタリ会と称して呑んでいた。

でもボクらに万引き犯の心配をさせることは、できたら所作からして控えて欲しいな。

 

「あ、大原さん!いらっしゃい」

「店長、その『対幻想』買うの? 吉本隆明を読んでいるんだね」

「見られちゃいましたか。世代的には遅れてきた青年だけど、読みますよ」

「お、大江健三郎で返してきましたね」

「すいません、つい余計なことを」

「いやいや、本屋さんに来て気心が通じるお喋りができるのは楽しいですよ」

「またコーヒーを入れましょうか、その間に店内を見ていてください」

ご来店のたびに買ってくれるわけではないけど、本を介してお喋りが盛り上がるお客さんも歓迎だ!

どんな本を仕入れようか、このフェアは受け入れられるだろうかというリサーチができる。この方あの方にと、顔が見える仕入ができる。

本屋という出版流通の最前線は、お客さんとのお喋りなんだよなぁ~! やっぱり本好きと渡り合える本屋は最高、ひとの読書感想だってそうそう聞けるもんじゃない。

 

「ちーす!」と、にこにこオーラ全開!

来た来た。笑顔と物腰の柔らかさで、店に来る出版社の営業さんNO.1の石川ちゃん。

人格が全面的に笑顔から溢れだしていて、それだけで絶大な信頼感を持たせてしまう得な笑顔。それにまた、文庫センターをほかの本屋とも比較して見ていてくれるから適切なアドバイスをしてくれる。

ヨイショだけじゃなく、耳に痛いことも言ってくれるから信用できるんだ!

自社新刊の案内も、これは向いてないからと注文書を引っ込めてしまう。

「ちょっと待ってよ、見せるぐらいは見せてよ!」と見ても、言うほどのことはあると納得する信頼感。

出版社の営業さんは、その本屋に合った商品と情報をもたらしてくれる方が最もありがたい。さらに彼は、この出版社はぜひ紹介したいと他の出版社まで連れてきてくれた。

また街角書店の生業の苦労もわかってくれているから、応援のつもりか毎度毎度たくさん本を買って行ってくれた。

彼をはじめとして、出版・書店を語れる方は多くの本屋をよく見て本も読んでいる。逆に言えば、ボクらのアラも見抜かれるわけで、そこも指摘してくれる度胸に信頼が増す。

「じゃ、石川ちゃん。次の飲み会はまた大将でね」

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のがわ かずお

1951年 東京生まれ。書泉を経て、高円寺文庫センター店長。その後、出版社のアートン・ゴマブックス・亜紀書房顧問。本屋B&B、西日本出版社などにかかわる。 温泉とプラモデルと映画を、こよなく愛する妖怪マニア。共著『現代子育て考5.男の子育て』(現代書館)、『独断批評』(第三書館)。


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