「海に還ったたこ八郎、空に消えた坂本九、佳人薄命の象徴となった夏目雅子。わずか50日間に相次いだ予想外の死」1985(昭和60)年【宝泉薫】
【連載:死の百年史1921-2020】第11回(作家・宝泉薫)
■日航機墜落事故の犠牲者となった坂本九
その翌月には、歌手・坂本九が43年の生涯を閉じた。8月12日に起きた日航機墜落事故の犠牲者となったのである。死者数520人は単独機の航空事故として今も世界一の数字。東京発大阪行きの便だったことから、著名人の乗客も多く、その代表が坂本だった。
ただ、坂本の妻は事故が起きた直後、夫が犠牲になっているとは思っていなかったという。彼が常に全日空を使っていたからだ。しかし、お盆の時期で飛行機の予約が混み合っており、ようやく取れたのがこの日航の便だった。彼の出世作のひとつに洋楽をカバーした「ステキなタイミング」があるが、このいきさつを知ったとき、なんというバッドタイミングかと感じたものだ。
なお、歌手・坂本九の全盛期は1960年代。代表作「上を向いて歩こう」は61年から翌年にかけて日本で1位になり、63年には「SUKIYAKI」のタイトルで全米1位となった。周知のとおり、日本人歌手唯一の偉業である。
他に「見上げてごらん夜の星を」「明日があるさ」「涙くんさよなら」といったヒット曲を出し「NHK紅白歌合戦」には61年から71年まで連続出場した。
とはいえ、64年生まれの筆者にとっては、NHKの連続人形劇「新八犬伝」(73~75年)での姿が印象的だ。語りと歌を担当し、エンターティナーぶりを存分に発揮した。オーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ系)の3代目司会者でもあり、彼の時代に中森明菜が巣立っている。
また、亡くなる2年前には覆面歌手「XQS(エクスキューズ)」として発表した「ぶっちぎりNO文句」が歌謡曲マニアに注目された。目と口にだけ穴をあけた紙袋をかぶり、スーツ姿で踊りながら歌うプロモーションビデオはインパクト抜群。レコードジャケットには、こんなキャッチコピーが記されていた。
「みんなみんな知っている、だけど誰だかわからない。だ、誰だ!」
たしかに、彼の独特な歌唱法は多くの日本人の耳にこびりついており、面白い仕掛けだったといえる。
死後の坂本は全米1位の偉業だったり、熱心に取り組んだ慈善活動だったりが語られがちだが、そんな遊び心も持つ人だった。あの「タイミング」が「ステキ」なほうにずれていたら、もっとさまざまな活躍を見せてくれたことだろう。
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