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やまゆり園事件犯人の植松聖に見る合理性信仰を超えるには

この世界の意味不明な複雑性と多様性を受け入れるために、あえて馬鹿でいよう

■合理的であるとはどういうことか?

 合理性とは何か? この「理」とは「利」のことだ。合理性というのは、損か得かでいえば、得を選ぶということだ。「合理性」と言えば聞こえはいいけれど、要するに、そういうことだ。

 ところが、何が損か得か大きく見ればわからないことのほうが多い。結果から判断すると、損を選んだほうが得だったということも多い。「損して得とれ」という諺もあるくらいで、一見損失であるようなことが、身を守るということも多い。

 高級ホテルに人々が宿泊するのは、必ずしも虚栄心からではない。セキュリティやサービスの質を考えれば、利益が大きいからだ。何兆円と国防に税金が投入されるのは、国土が外国の軍隊に侵略されたら元も子も社会福祉も損も得もないからだ。

 目先の損得という意味での合理性から見れば無駄で浪費でしかないと思われることが、より大きな視野や長期的視野から見ると意義があることは多い。

 人間は、「ほんとうにすべてを考慮に入れて」、物事が合理的かそうでないかを判断できるわけではない。真に合理的であるかどうかは、今の段階の人類にとっては、ほんとうは判断不能なのだ。そもそも判断不能なのに、あくまでも合理的であろうとするのは、「合理性信仰」と呼んでいい。

 これは、現代社会でもっとも信者が多い信仰だ。まともな人間は、もう既成の宗教団体の信仰というドグマには騙されなくなった。しかし、この合理性信仰には騙されている。

■合理性信仰社会においては知的障害者の居場所はない

 植松聖もまた合理性信仰の先鋭な信者であった。それは、植松が犯行の5カ月前2016年2月に衆議院議長公邸を訪問し、大島理森(ただもり)衆議院議長宛に渡した手紙に明らかである。以下は、その手紙の前半部分である。

「私は障害者総勢470名を抹殺することができます。常軌を逸する発言であることは重々理解しております。しかし、保護者の疲れきった表情、施設で働いている職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界の為と思い居ても立っても居られずに本日行動に移した次第であります。理由は世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐことができるかもしれないと考えたからです。」
「障害者は人間としてではなく、動物として生活を過しております。車イスに一生縛られている気の毒な利用者も多く存在し、保護者が絶縁状態にあることも珍しくありません。」
「私の目標は重複障害者の方が家庭内での生活、及び社会的活動が極めて困難な場合、保護者の同意を得て安楽死できる世界です。」
「重複障害者に対する命のあり方は未だに答えが見つかっていない所だと考えました。障害者は不幸を作ることしかできません。」

 ここに書かれてある植松の主張を、私なりに言い換えると、「改善が見込めない存在のために、なぜ家族が犠牲にならなければならないのか、希望のない介護に職員は疲弊するだけではないか、税金で養い保護する意味があるのか、資源は無限ではない、安楽死を適用することによって、この問題の解決を図るべきである」となる。

 この植松の主張に対して、匿名のネット言論界では賛同者も多かったらしい。植松や植松に共感する人々が考える「合理性」の観点からすれば、確かに、知的障害者にとって、この世界には居場所がないのだろう。

 しかし、不思議なことだ。植松だって、彼に共感する匿名のネット言論界人だって、知的障害者から直接に危害が加えられているわけでもないし、知的障害者施設の運営のための税金を多く払っているようにも見えない。いったい彼らや彼女たちは、何を気にしているのか? 

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藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課 程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。  

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