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国際テロ組織と指定されている「タリバン」という名前の由来と誤解【中田考】凱風館講演(前編)

「凱風館」での中田考新刊記念&アフガン人道支援チャリティ講演(前編)

 

■清廉でメンドクサイ、アフガニスタンの風紀委員

 

 タリバン自身は、自分たちのことを「我々も聖人ではないから間違えることはあるが、生活が厳しいので現世利益の目的で入ってきた人間はすぐに淘汰されてしまう」と評していまして、これは私から見ても全くその通りです。彼らは創設以来ずっと戦っているわけですから。これは日本にいると中々想像がつかないと思います。

「タリバンがひどいことをやっている」という報道が多いですから、皆さんも「こいつらひどいな」と思っているかもしれませんけれども、そもそもの中東や中央アジアのひどさというのはタリバン政権がやってきたこととは比べ物になりません。何かあればすぐに拷問の末に殺されてしまうのが日常茶飯事の世界、昨日まで司令官だった人間が今日から一兵卒になるような過酷な世界です。

 そういった環境の中でずっと戦ってきた人たちですので、現世利益の目的が主の人たちはさっさと淘汰されていきます。

 イスラームの一番の目的は「心を神様に向けること」です。乞食であっても王様であっても同じ気持ちでいられること。極貧に居ても贅沢な暮らしをしていても、あるいは平和の中にあっても戦場にいても、いつでも同じ平常心を保っていることが、イスラーム教の目的なわけです。

 これは、口にするのは簡単ですが、実際にそのように生きている人は滅多にいません。

 皆さんも容易に想像がつくと思いますが大抵の場合は、贅沢な暮らしをしてる者に限って「私は贅沢な暮らしをしてるけれども、本当はどんな時にも同じ心持ちだ」と言いながら、実際には贅沢な暮らしから離れようとはしないものです。

 ところがタリバンは、もちろんあくまでも創設メンバーの幹部たちの話ですが、まあ本当にそれを実践しているのですね。ですから私は彼らを信用できる人間だと思っています。

「タリバンは悪い奴だ」とよく言われますが、実はものすごく偉い人達なのだというのが、イスラーム学者としての私の見解です。私自身は謙遜でもなんでもなくまったく偉くないのですが。

 ただし彼らの持っている価値観は他の人たちとは全然違っています。あえて言うなら「風紀委員」といった感じの人たちでしょうか。「うざい。うっとおしい。近づいてほしくない。けれども言ってることは正しいので、仕方ないなあ」と、そういう類の人たちだと思ってもらえれば近いかと思います。

 

■イスラーム世界と中華世界の断層に位置する多民族国家

 

 さて、ここでアフガニスタンの歴史に触れましょう。アフガニスタンは、青銅器時代からの遺跡もあるような大変歴史の古い国ですが、まずは首都のカブールのことからお話ししましょう。

 実はこの「カブール」という日本での発音は間違いでして、本当は「カーブル」といいますが、これは五千年以上の歴史がある都市です。バラモン教の聖典であるリグ・ヴェーダや、ゾロアスター教の聖典であるアヴェスタにも「Kubha」という名前が出てきますし、アレクサンダー大王のインド遠征の時にも現在のアフガニスタンを通っていきましたが、その頃からカブールの街はあった、それぐらい歴史のある都市です。

 

 現在のアフガニスタンは、イスラーム世界ではずっと「ホラサン」と呼ばれていました。「アフガニスタン」という名前自体は新しい、歴史の浅い名前です。

「アフガニスタン」という言葉は、「アフガン」+「スターン」から成ります。

 後半の「スターン」というのは、皆さんも「パキスタン」「ウズベキスタン」「タジキスタン」「カザフスタン」など他の国名でもご存じかと思います。この場合の「スタン」とは「国」という意味です。ですからアフガニスタンとは「アフガンの国」という意味になります。

 この「アフガン」というのは民族名あるいは部族名であって、これは実は、アフガニスタンの主要民族である「パシュトゥーン」と同じ意味なんです。ですから「アフガニスタン」というのは「パシュトゥーン人の国」という意味になりますが、これが国名として使われはじめたのは新しく、せいぜい十九世紀ぐらいからなんです。

 パシュトゥーン人自体は歴史の中でずいぶん昔から出てくるのですが、彼らはそれぞれの部族に分かれて、まとまった「パシュトゥーンの国」をずっと作らなかったんです。

 では「アフガニスタン」と呼ばれるまでこの地域はなんと呼ばれていたかというと、先の通り「ホラサン」と呼ばれていました。これは今のアフガニスタンよりもう少し広い概念で、イランから中央アジアの辺りまでを含めた地域が「ホラサン」と呼ばれていました。

 

 さて、数千年前から現在に至るまで、アフガニスタンは地理的に重要な意味を持っています。

 世界史の授業で出てくる751年の「タラス河畔の戦い」、つまりアッバース朝と唐との戦いですが、これは首都のカブールの辺りが舞台でして、イスラーム世界と中華世界が本格的に戦った唯一の戦いです。

 それ以後も部族レベルではイスラーム教徒と漢人が戦ったことはありますが、帝国同士の戦いはこの一回しかない。この時にアッバース朝が勝利したので、漢民族の西への移動はここで止まり、それ以上西へは行きませんでした。そういう文明の境界線になっているのがアフガニスタンです。

 アフガニスタンはイスラーム文明の一番東端であり、中華文明の西端である、そういったフォルトライン(断層線)になってるわけです。「タラス河畔の戦い」以来、イスラーム圏と中華民族のフォルトラインはずっとこの辺りに位置しています。

 

 さて、近代国家としての「アフガニスタン」の起こりは1834年に「アフガニスタン首長国」が成立したのが最初で、イギリスに占領された後、1926年の独立を期に「アフガニスタン王国」になります。ですから結構新しい国名ということです。

 アフガニスタンはおおざっぱに言うと、パキスタン、イラン、トルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、中国に囲まれた内陸の国で、人口約4千万人の多民族国家です。

 その構成は、ここまで何度か名前が出てきたパシュトゥーン人、これは「アフガン」と同じ意味ですが、その人たちが40パーセントで一番多数ですけれども、過半数は超えていない。この人たちはパシュトゥ語を話します。

 それから30パーセントくらいタジク人がいます。これは多くがタジキスタンにいる民族で、アフガニスタンにもいて、ペルシャ語を話します。昔の世界史の教科書では「大食」と書いて「タジク」と読ませ、シルクロードに関連する話に登場しますね。

 またハザラ人という民族もいまして、タジク人と同様にペルシャ語を話します。

 タジク人とハザラ人はどちらもペルシャ語を話しますが、タジク人は北東のタジキスタンと接する地域に多く住んでいる、スンナ派の人々です。宗派的には同じスンナ派のトルコ人に近い人たちです。一方のハザラ人はイラン文化圏にあり、シーア派の人たちです。ですから両者とも同じペルシャ語で話しますが、民族としてタジク人とハザラ人と分けられています。

 それから10%ほどウズベク人がいまして、この人たちはトルコ系です。

 アフガニスタンはこういった人たちによる多民族国家なんです。

 

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◉中田考『タリバン 復権の真実』出版記念&アフガン人道支援チャリティ講演会

日時:2021年11月6日 (土) 18:00 - 19:30

場所:「隣町珈琲」 品川区中延3丁目8−7 サンハイツ中延 B1

◆なぜタリバンはアフガンを制圧できたか?
◆タリバンは本当に恐怖政治なのか?
◆女性の権利は認められないのか?
◆日本はタリバンといかに関わるべきか?
イスラーム学の第一人者にして、タリバンと親交が深い中田考先生が講演し解説します。
中田先生の講演後、文筆家の平川克美氏との貴重な対談も予定しております。

    参加費:2,000円 
    ※当日別売で新刊『タリバン 復権の真実』(990円)を発売(サイン会あり)

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    「西側メディアに惑わされるな! 中田先生だけが伝える真実!!」

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    なかた こう

    イスラーム法学者

    中田考(なかた・こう)
    イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

     

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