【中田考×内田樹 前編】「国民国家の終焉」と「帝国の台頭」で世界は再編される |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

【中田考×内田樹 前編】「国民国家の終焉」と「帝国の台頭」で世界は再編される

内田:アメリカとヨーロッパの違いはなんですか?

 

中田:なかなか分かりにくいのですが、ヨーロッパは元々は帝国でしたね。

 

内田:神聖ローマ帝国です。

 

中田:そこから生まれたヨーロッパ型の帝国は、オスマン朝のような帝国とは違います。例えばイギリスがインドを英領にしていた時、「インドはイギリスだった」わけですが、インドが独立した時、イギリス人は結局インドには残りませんでした。インドには、世俗的・科学的という意味の西洋文明は移植されましたが、西洋の人間が残ったわけではありませんでした。

 一方、イスラームはそれ以前にインドをムガール帝国として支配していました。現在のインドはムガール帝国を非常に敵視していますけれども、それでも現在でもインドには2億人近くのイスラーム教徒がいます。インドから切り離されたパキスタンとバングラデシュを合わせると、ムガール帝国によって南アジアに5億~6億人ぐらいのイスラーム教徒が生まれたわけです。中東~北アフリカまで拡大したオスマン帝国の場合も同様のことが起こりました。

 このようにイスラーム教徒が帝国を作る時には、実際にその場所に移住し、そこの定着するわけです。ですからヨーロッパに見られた「本国が植民地を支配する」という構造ができにくい。これは大きな違いですね。

 さらにヨーロッパの歴史を遡ると、ローマ帝国は最終的に同盟国の住民にローマ市民権を与えてはいましたが、それでも基本的には中央が周辺から収奪するシステムにはなっていて、それがヨーロッパの帝国の伝統になっています。イスラーム帝国にはその中央-周辺のシステムがほとんど無いんです。

 さらに言えば、領域国民国家システムとは教科書的に言うなら「国家とは国民が統合されているものであり、全ての国家が主権を持っており平等だ」というシステムですが、それはあくまで顕教・表の教義であって、ウェストファリア条約をつくったヨーロッパの国は、裏の教義として「自分たちは文明人で、他の野蛮人や未開人とは違う」と考えています。むしろウェストファリア条約は、「ヨーロッパの国々と、そうではない国々とを分け、野蛮人や未開人を閉じ込め隔離するためにできている」というのが裏の教義であって実質なのです。

 これは、難民問題を見ると非常によくわかります。ヨーロッパはアフガニスタンからの難民をヨーロッパに受け入れることを拒否しています。それ以前にシリアからの難民の時にはっきりしましたね。

 ヨーロッパが受け入れないないならどうしているのかというと、トルコに引き受けさせようとしているわけです。統計を見ると、現在世界で一番難民を受け入れている国はダントツでトルコで、その次はコロンビアです(参考:国連UNHCR協会)。

 

内田:コロンビアが第二位なんですか!?

 

中田:そうなんです。コロンビア自体も難民を出しているんですけれども、ベネズエラからの難民を隣のやはり貧しい国であるコロンビアが引き受けている形です。三番目にドイツが出てきますが、なぜここでドイツが出てくるかというと、ドイツが敗戦国だったから……というか、ユダヤ人のホロコーストを行ったナチスのせいで、戦後のドイツは全ての政治難民を受け入れる憲法を作らされたので、ヨーロッパの中でドイツだけが難民を受け入れています。しかしヨーロッパの他の国は全然受け入れていませんし、特に「イスラーム教徒は来るな」とヨーロッパのどの国々も言っています。

 

■「人」を巡る搾取と「国家ビジョンの競争」

 

中田:共産主義があった頃から、「西洋先進国が、発展途上国・低開発国・後進国から搾取している」ということはずっと言われてきました。まず資源を搾取し、その資源を加工して高い付加価値をつけて売りつけて財を搾取する。最近私が考えているのは、さらにより重大な搾取は人間、要するに人材の搾取ではないか、ということです。日本でもそうですが、ヨーロッパは移民は認めないのが基本なのです。

 これは、本当はおかしいですよね。アフガニスタンで内戦が起きた時、隣国のパキスタンは本当に貧しいにも拘わらず500万人から600万人の移民を受け入れました。イランもアメリカから制裁を受けていてすごく貧しいですが、それでも400万人の移民を受け入れています。それらの国では数百万人単位の移民を受け入れて、普通に暮らしているわけです。

 そもそもイランやパキスタンでは国民自体が貧しいため、国民ですら欧米から見た人権の基準は満たしていません。それを欧米は「移民に対する扱いがひどい」と文句を言うのですが、自分たちは受け入れないのです。

 トルコも370万人の移民を受け入れています。アフガニスタンの今回の危機が始まってからわずか数ヶ月でアフガニスタンからも50万人の移民が入っています。ドイツのメルケル首相は「我々EUはアフガニスタンからの移民は入れないから、トルコに行け」と言っていますが、トルコはアフガニスタンの隣国ですらありませんし、もちろん民族も違います。なのに、なんでそういうことを言うんだ?と思いませんか。

 要するに西欧は(日本もそうですが)、もとのヨーロッパの宗主国の言葉と価値観を内在化しており技術のある人間、自分たちにとって役に立つ人間だけを国内に入れ、そうでない役に立たない人間は元の国に残って貧しく死んでいけ、と考えている。それが現代のシステムなのです。この「人間を搾取する」ということは、現代では実は資源や資本の搾取以上に大きい問題であり、それを解決せずに人権問題を主張するのは偽善だと最近は思っています。

 

次のページ「人間の囲い込み」という世界的な規模での競争

KEYWORDS:

 

 

※上のPOP画像をクリックするとAmazonサイトへジャンプします

オススメ記事

中田 考

なかた こう

イスラーム法学者

中田考(なかた・こう)
イスラーム法学者。1960年生まれ。同志社大学客員教授。一神教学際研究センター客員フェロー。83年イスラーム入信。ムスリム名ハサン。灘中学校、灘高等学校卒。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院哲学科博士課程修了(哲学博士)。クルアーン釈義免状取得、ハナフィー派法学修学免状取得、在サウジアラビア日本国大使館専門調査員、山口大学教育学部助教授、同志社大学神学部教授、日本ムスリム協会理事などを歴任。現在、都内要町のイベントバー「エデン」にて若者の人生相談や最新中東事情、さらには萌え系オタク文学などを講義し、20代の学生から迷える中高年層まで絶大なる支持を得ている。著書に『イスラームの論理』、『イスラーム 生と死と聖戦』、『帝国の復興と啓蒙の未来』、『増補新版 イスラーム法とは何か?』、みんなちがって、みんなダメ 身の程を知る劇薬人生論、『13歳からの世界制服』、『俺の妹がカリフなわけがない!』、『ハサン中田考のマンガでわかるイスラーム入門』など多数。近著の、橋爪大三郎氏との共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)がAmazon(中国エリア)売れ筋ランキング第1位(2021.9.20現在)である。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
タリバン 復権の真実 (ベスト新書)
  • 中田 考
  • 2021.10.20
コロナ後の世界
コロナ後の世界
  • 内田 樹
  • 2021.10.20
中国共産党帝国とウイグル (集英社新書)
中国共産党帝国とウイグル (集英社新書)
  • 橋爪 大三郎
  • 2021.09.17