Scene.9 素敵な風が吹いてきた。
高円寺文庫センター物語⑨
「お! 店長じゃねぇか。」
「わ! 木田さん、お散歩ですか?」
「ばっか野郎、おまえんとこに行くとこだ。なんだ、その持っている本は?
なに『消える本屋』? そんなの読んで、なに考えてんだ?! 今日はシラフだ、ちゃんと聞いてやるから話せ。」
「はい、あのぉ~本屋の店長のかたわら、全国書店労働者書店労働組合連絡協議会の事務局長をしているんですよ。
今夜も書店労協の皆さんが集まって、書店トーク会という勉強会なんです」
「店長が、本屋の労働運動もしているのはお兄ちゃんに聞いた。気になって調べたら、本屋は全サービス業界のなかで文房具と並んで最下位じゃねぇか」
「そうなんです。そこそこのチェーン書店でも、結婚したら妻子養える収入じゃないって辞めていくんですよ」
「再販制度と委託制度ってヤツか?
フランスでは再販辞めてみたけど、文化の破壊だというので戻したのは当時の文化相アンドレ・マルローだって言うじゃねぇか」
「そうなんです! 長期スパンで、出版文化を考えられる頭脳がこの国にはなくて」
「あのな、アメリカのブッククラブ制度は凄いぞ。これが、なにかのきっかけで変化したら怖いことになるかも知れん」
「さすがです! 74年にアメリカに行ったんですけど、大都市でも本屋の少ないことったらありゃしない・・・・ヤンキーは本を読むのかって思いましたよ」
「だろ、ろくな作家が出ちゃいねぇぜ! ところで、おまえの店は売上げ大丈夫か?」
「お陰様で右肩上がりなんですけど、バブルがはじけてそろそろ流通の最末端にも来るかと覚悟しています」
「あのな、新宿まで行くロスは避けたいんだ。おまえら頼むぞ!」
「店長、『GOTTA! 忌野清志郎』を絶版にするんですって!」
この時ほど、オンデマンド出版を手軽にできればと思ったことはなかった。
角川文庫の『GOTTA! 忌野清志郎』は、文庫センタlーの超ロングセラー。常時、音楽書コーナーで面陳か平積みだった。
新年度とともに、高円寺に新住人が住みだす3月から売り上げが伸びて行く定番商品!
毎年この繰り返しだったけど、遂にお客さんたちに提供できなくなった・・・売り続けたい、と思うものが終わる無力感。お客さんには、ただただごめんなさい。
文庫がダメならフィギュアがあるぜ、いいセンスでできている忌野清志郎フィギュア! 6800円でも、売れた。売れた!
ボクはプレゼント用にもと、2個買ったぜい!
ロングセラーといえば、ドイツのホーナーというメーカーのブルースハープと教則本も売れ続けた。
ライブ中のミュージシャンが「演奏中に壊れちゃったから、馴染んだタイプを買いに来た」と、飛び込んできたこともあった。
簡単にいうならハーモニカなんだけど、吹いて吸ってのハーモニカと違って基本は吸って吸ってがブルースハープの極意らしい。
3000円から6000円の価格帯が、よく売れるからありがたい。2センチほどのブルースハープにチェーンを付けたモノは、見栄えが可愛いのでアクセサリーとして女子によく売れた。
仕入先のモリダイラ楽器の方とお茶。
「こんなに売れるお店って、楽器屋さんでもないですよ」
「そうなんですか?!」
「そうなんです。高円寺のミュージックシーンって、文庫センターさんが支えているって気がしましたよ」
「そうでしょうねぇ。高円寺のミュージックシーンの主みたいのがバイトしていますから(笑)」