日本でもイスラーム世界の理解が深かった時代【中田考×内田樹対談:質疑応答編】
■これからのアフガニスタンはどうなるか?
質問者6:2つほどうかがわせてください。今のタリバンの政権では学者が政権の中枢におられるということですが、そういう人たちはその前の親アメリカ政権の時代は何をされていたのでしょうか? 例えばモスクのようなところで先生をされていたりしたんですか?
もうひとつあるんですけど、いろいろな事情でアフガニスタンを離れざるを得なくなった人たちは、どういう繋がりで移動しているんでしょうか? 例えばルワンダでは大虐殺の後、若い人たちが戻ってきたが、アフガニスタンの場合も一旦外に出た人たちが、新しい国をつくるためにまた戻ろうという機運が望めるのか、知りたいです。
中田:今回の制圧でのタリバンは非常に政治的に動いていて、政府側に外国からものが流れていかないように、まず国境から征服していきました。パキスタンとの国境、タジキスタンとの国境、イランとの国境、ウズベキスタンとの国境、中国との国境と、国境からどんどん征服していって、関税収入を押さえていったんです。
さて、今回カブールに戻る前にタリバンがどうしていたかというと、これはいろいろなパターンがあります。一つは隣国であるパキスタンに亡命していました。マドラサ(イスラーム学校)で先生をやっている人たちはパシュトゥーン人の学校のあるパキスタンで、自分がタリバンであることを隠して教えている人も多かったです。
また、もちろんマドラサ自体は元々アフガニスタンにもあるので、そこで教えている先生もいましたし、戻って国づくりをしようとしている人たちももちろんいます。但し、欧米主導の制裁で銀行からお金を引き出せないので給料が払えない、という問題がありますから、戻りにくい部分があるのは確かです。
援助以前の問題として、彼らの望みはアフガニスタンの銀行で預金を引き出せる、やりとりができること、換金できることです。さらにアフガニスタンに戻るにもパスポートやビザが要る、そもそも飛行機が飛んでいませんから、まず周りの国は飛行機を飛ばせるようにしてほしい、という状況です。それがクリアできれば、もちろんみんな戻ろうとはしています。
内田:アフガニスタンの強制鎖国状態はいつ頃解除されるのでしょうか?
中田:恐らくアメリカとEUは当分国家承認はしないと思います。中国とロシアを含む上海協力機構の隣国にとっても、鎖国解除は圧力をかけるための最後の切り札的として使うでしょうから、国交回復までは4、5年はかかると思います。
ただしその間も、「国交」はまだ回復していないけれど、国境を越えた経済活動は普通にやっていくという形になると思います。しかも、隣国にとってはイスラーム国などタリバンより過激な組織の勢力が伸びるとすごく困るので、国家としては承認していないけれどタリバンと治安協力をせざるを得ない、という状況が数年は続くと思います。
最初に国家承認するのがどの国かは微妙なところですが、中国かロシアである気はします。今アフガニスタンで普通に大使館が機能しているのは中国とロシアとトルコですから。トルコである可能性も若干はあります。
内田:現在に続くアフガニスタンの混乱のきっかけはソ連の侵攻ですから、ロシアに対する感情はあまり良くない気がするんですけれども、その辺りはどうでしょうか?
中田:そうでもないですね。当時はロシアではなく、ソ連であって、現在でいうとウズベキスタンの辺りの人がアフガニスタンにいっぱい来ていました。彼らはアフガニスタンともロシアのどちらにも繋がっているわけでして、そういう人間がいっぱいいるので、その辺はどうにでもなるんです。敵と味方がスペクトラムになっていて、人脈をたどっていくといつの間にか味方になっているような世界ですから。
内田:なるほど。アフガニスタン人は非常に政治的だと、中田先生は以前にも仰っていましたけれど、それはいろいろな部族が入り交じり、国境線がややこしくなっている環境で何百年も過ごしてきたことで錬成されていった、謂わば「インド的な力」ということなんでしょうか?
中田:そうですね。これは知人から聞いた話の受け売りですが、世界で唯一ヨーロッパを戦争で追い出したアフガニスタン人と、勇猛果敢で知られるチェチェン人は、戦闘民族という意味では同じですが、気質が全然違うというのです。
チェチェン人は勝つか負けるかは全く関係なく、相手が誰であれ、敵が圧倒的に優勢でもとにかく正面からしゃにむに攻め込んでいくような人たちです。
一方、アフガニスタン人は全然攻めていかないんです。ふだんは敵といっしょに座ってニコニコしてお茶を飲んでいる。ところがチャンスを見計らってある日突然、襲いかかる。そういう意味で、すごく政治的な人たちです。悪い意味ではなく、裏と表があるのですね。
アフガニスタン人は政治的にやっていくし、交渉していくんですね。ですから彼らの発言も全部その前提で考えないといけないのです。
内田:プラグマティックに実利を取る人たちだということですか?
中田:イスラームの原則はまげませんが、現実政治では実利を取るし、ポジショントークをする、相手によって言うことが変わる。そういう人たちであることは理解しておいたほうがいいですね。
内田樹(うちだ・たつる)
1950(昭和25)年東京都生まれ。東京大学文学部仏文科卒。現在、神戸女学院大学文学部総合文化学科教授。専門はフランス現代思想。ブログ「内田樹の研究室」を拠点に武道(合気道六段)、ユダヤ、教育、アメリカ、中国、メディアなど幅広いテーマを縦横無尽に論じて多くの読者を得ている。『私家版・ユダヤ文化論』(文春新書)で第六回小林秀雄賞受賞、『日本辺境論』(新潮新書)で第三回新書大賞を受賞。二〇一〇年七月より大阪市特別顧問に就任。近著に『沈む日本を愛せますか?』(高橋源一郎との共著、ロッキング・オン)、『もういちど村上春樹にご用心』(アルテスパブリッシング)、『武道的思考』(筑摩選書)、『街場のマンガ論』(小学館)、『おせっかい教育論』(鷲田清一他との共著、140B)、『街場のメディア論』(光文社新書)、『若者よ、マルクスを読もう』(石川康宏との共著、かもがわ出版)など。最新刊は、『コロナ後の世界』(文藝春秋)、『戦後民主主義の僕から一票』(SB新書)がある。
(構成:甲斐荘秀生)