「親ガチャ」の前に「時代ガチャ」を生きる「親と子どもたち」と児童虐待事件の増加。「こども家庭庁」は救いになるか?【藤森かよこ】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

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「親ガチャ」の前に「時代ガチャ」を生きる「親と子どもたち」と児童虐待事件の増加。「こども家庭庁」は救いになるか?【藤森かよこ】

高度情報化社会において家族は解体するので、子ども養育の社会化を進めるしかない

 

■親はなくとも子は育つシステムの一層の充実が要求される

 

 こうなったら、本格的に「子どもの養育は社会の責任である」という言葉を実践するしかない。

 親が何らかの事情で養育できない子どもを養育するシステムは完璧とは言えないにせよ、ちゃんと整備されている。乳児院も保育園もある。小学生から高校生には児童養護施設がある。全国の児童養護施設には約3万名の子どもたちが入所している。

 児童養護施設は、もともとは戦災孤児のための施設だったが、少子化になっているのに、児童養護施設に入所する子どもの数は、子どもが多かった頃と変わらない。親に虐待されて保護された子どもたちが多くなっているからだ。

 児童養護施設は原則的には18歳で退所しなければならないが、事情によっては22歳まで入所していることができる。一般家庭で育った子どもが、中学や高校を卒業して就職したら、すぐにひとり暮しの生活が営めるほどの知識やスキルがないように、養護施設退所者も15歳や18歳ぐらいではひとり暮しをする自己管理能力は身についていない。だから、退所者の支援をする制度も整いつつある。

 特別養子制度もあるし、里親制度もある。家庭内暴力をふるう父親から逃げて母子で過ごせる母子生活支援施設もある。家庭の問題で非行に走った子どもたちのためには全寮制の児童自立支援施設もある。親はなくとも子は育つ。毒親から逃げて生きる手段もある。こういう事実を、性教育の前に小学生段階で教えておくことは重要だ。

 児童養護施設が小説や漫画の題材になるようになったのは2010年代に入ってからである。前述の松本大洋『Sunny』が代表的であるが、最近では、田中れいかの『児童養護施設という私のおうち知ることからはじめる子どものためのフェアスタート』(旬報社、2021)がある。漫画では、永田晃一の『児童養護施設で育った俺がマンガ家になるまでの(おおよそ)8760日』(少年画報社、2021)がある。ここで全部に言及することはできないが、児童養護施設を題材にした漫画作品はそこそこ生産されてきている。これらは学校の図書館に必ず入れておくべき文献だ。

 経済小説で知られる高杉良(1939-)が『めぐみ園の夏』(新潮社、2017)を書き、1950年からしばらく養護施設に預けられていた自らの子ども時代を書いて注目を浴びたこともある。

 児童養護施設を始めとした子どもの養育保護を担当する諸機関については、石井光太の『漂流児童福祉施設の最前線をゆく』(潮出版社、2018)に詳しい。NHKの大藪謙介と間野まりえによるルポ『児童養護施設 施設長殺害事件児童福祉制度の狭間に落ちた「子ども」たちの悲鳴』(中公新書、2021)は、施設退所後の若者たちへの公的支援不足の問題について報告している。

 つまり、じわじわと児童養護施設という「親がいなくても、親が親をやれなくても、子どもが育つシステム」への注目は高まっている。

 

子どもの養育の社会化に潜む危険もある

 

 育児の社会化といえば、ソ連やイスラエルで試みられて失敗してきた育児の集団化を思い出させる。しかし、ソ連もイスラエルも子どもを家庭に戻した。個人的で私的で親密な関係の中で養育されない子どもに、いろいろな問題が生じることが確認されたので。

 「子どもの養育は社会の責任である」などと言っていると、無責任な類の親から悪用されるという懸念もある。もしくは、児童福祉関連の官僚の権限だけを増やし、私的領域に公的管理支配を導入したい類の思想の持ち主たちに悪用されるだけという心配もある。地獄への道は善意で敷き詰められている。

 私自身は、「子どもの養育は親の責任であるので、親はその責任を果たす」ということを親が誠実に実践するだけでも、この社会の良識と秩序は守られると思う。しかし、これはあくまでも私の期待でしかない。

 2016年の調査では、離婚総件数216798組のうち、未成年の子がある離婚の数は125946組(58%)であり、未成年の子がない離婚の件数を上回っている。養育中の未成年の子どもを持つ125946組の夫婦の子どもで、成人するまで安心安全な環境で過ごせない子どもも少なからずいる。離婚後に親権者である元配偶者に養育費を支払うことを怠る人々は多い。離婚後の母子家庭の8割は養育費を得ることができていない。コラム:なぜ離別父親から養育費を取れないのか/労働政策研究・研修機構(JILPT)

 

 結婚や家族が解体したら、一番の被害者は子どもだ。親が子どもの養育から逃げるのならば、しかたがないではないか。親がいなくても子どもが健康に健全に安全に育つ場を社会が提供し維持して、子どもを守るしかない。そうしなければ、どうしようもない。「こども家庭庁」は、いずれ実質的には「こども庁」になるだろう。

 「こども家庭庁」にしろ「こども庁」にしろ、こういう役所が創設されるということは、人類の、少なくとも日本人の子ども養育能力の低下を示すのだろうか。それとも、もともと人間社会は、その程度のものであり続けてきたので、大人の恣意で子どもが不利益を得ることがないようなシステム構築の必要性に、社会がやっと気がついたということだろうか。

 人間には「親ガチャ」の前に「時代ガチャ」というものがある。たとえ「親ガチャ」はついていなかったとしても、生まれた「時代ガチャ」はうまく行ったと、子どもたちが思えるように「こども家庭庁」が機能することを期待したい。

 

文:藤森かよこ

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藤森 かよこ

ふじもり かよこ

1953年愛知県名古屋市生まれ。南山大学大学院文学研究科英米文学専攻博士課 程満期退学。福山市立大学名誉教授で元桃山学院大学教授。元祖リバータリアン(超個人主義的自由主義)である、アメリカの国民的作家であり思想家のアイン・ランド研究の第一人者。アイン・ランドの大ベストセラー『水源』、『利己主義という気概』を翻訳刊行した。物事や現象の本質、または人間性の本質を鋭く突き、「孤独な人間がそれでも生きていくこと」への愛にあふれた直言が人気を呼んでいる。  

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