フィギュアスケート版「女工哀史」ワリエワ騒動に見るロシアという国の強さと徒労の美【宝泉薫】
北京五輪が終わった。その終盤、世間を騒がせたのが、フィギュアスケート女子の金メダル本命だったROC(ロシアオリンピック委員会)カミラ・ワリエワ(15歳)のドーピング騒動だ。冬季五輪の花というべきこの競技は大混乱をきたした。
温情というか、忖度裁定で出場したワリエワはショートプログラムこそ1位になったものの、フリーではジャンプの失敗を繰り返し、最終順位は4位。代わりにアンナ・シェルバコワ(17歳)が金メダルを獲ったが、その体型をめぐって「厳しすぎる体重管理」「拒食症」を疑う声が出た。
また、銀メダルに輝いたアレクサンドラ・トゥルソワ(17歳)については、表彰式への参加を拒絶しようとしたことが報じられた。高難度のジャンプをいくつも成功させたのに、先輩や同僚のような結果が得られず、
「みんな金メダルを持っている。みんな! ないのは私だけ! フィギュアスケートなんか大嫌い! 二度と氷の上になど上がらないわ! 絶対に!」
と、不満を爆発させたのだという。ロシアの指導者たちは失意のワリエワや激怒のトゥルソワへの対応に躍起で、金メダルのシェルバコワの周りには誰もいないという異様な光景も出現していた。
とはいえ、メダル独占はならなかったものの、ロシア勢がワンツーフィニッシュ。これは前回の平昌五輪と同じだ。さらにいえば、前々回のソチ五輪あたりから、フィギュア女子ではロシアの天下が続いている。その栄光の歴史に多大な貢献を果たしてきたのが、エテリ・トゥトベリーゼが率いるチームの選手たちだ。
「氷の女王」とまで呼ばれる彼女の育成方法と戦略は、独特かつ徹底的。十代半ばの少女ならではの一途な心性ときゃしゃな体型を活かし、高難度のジャンプを習得させて、点数を稼ぐ。そのためには、練習や食事を厳しく管理しなくてはならない。一説には、ドーピングも体力以上の練習をさせるために取り入れられている疑いがあるという。
そのかわり、選手寿命は短い。多くの選手がハタチを前に故障や摂食障害などで消えていく。他の国のように、大人の体型に合わせた指導をしても、金メダルは獲れないと割り切っているのだろう。競技力のピークはせいぜい2、3年だから、そのタイミングと五輪が合うかどうかも覚束ない。それゆえ、せっかくの五輪で銀に終わったトゥルソワはキレたわけだ。
こういう育成方法や戦略については「選手の使い捨て」だとか「虐待」だという批判まである。しかし、ドーピングがクロである場合を除けば、それは負け惜しみにすぎないのではないか。ロシアは現行のルールを踏まえたうえで、たとえ選手の顔ぶれはそのつど変わっても、国として勝ち続けるための最良の策をとっている。代わりになる選手さえいれば、このシステムは永久機関にもなるだろう。
フィギュア界では、ドーピング問題での要保護者年齢にあたる15歳のワリエワをめぐって物議が醸されたことなどから、五輪出場についての年齢制限を15歳から17歳に引き上げることを検討中。ドーピングが低年齢選手の持久力向上に使われることが多いため、そういう年代を出場できなくしようというわけだ。
ただ、そうなるとロシアは、また別の手を打つだろう。たとえば、すでに実行が噂されてもいる思春期的体型でいられる時期を引き延ばす工夫。そういうものをさらに強めることも考えられる。
なお、選手側から見ても、世界一が目指せるのはもちろん魅力的だ。「期間限定の才能」をめぐって、国と選手はウインウインの関係だともいえる。
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