新保信長の新連載『食堂生まれ、外食育ち』【1品目】「今日のごはん何?」と聞いたことがない
【隔週連載】新保信長「食堂生まれ、外食育ち」1品目
「食堂生まれ、外食育ち」の編集者・新保信長さんが、外食にまつわるアレコレを綴っていく連載エッセイがスタート。ただし、いわゆるグルメエッセイとは違って「味には基本的に言及しない」というのがミソ。外食ならではの出来事や人間模様について、実家の食堂の思い出も含めて語られるささやかなドラマは、あなたを「いつかあの時の〝外食〟の時空間」にタイムスリップさせてしまうかも……。さあ、それでは【1品目】「『今日のごはん何?」』と聞いたことがない」をご賞味あれ。✴︎連載全50回がついに書籍化、絶賛発売中です!
あれは小学校1年生のときだったと思う。社会の教科書に一枚のイラストが載っていた。一戸建ての家を庭側から捉えた構図で、手前で小学生ぐらいの男の子が庭掃除をしている。掃き出し窓の向こうのダイニングキッチンにはエプロン姿のお母さんらしき女性が笑顔でたたずむ。その奥に見える玄関では背広にネクタイ姿でビジネスバッグを持ったお父さんらしき男性が片手を上げている。
さて、これはどういう場面でしょう――というのが問題だ。教科書じゃなくてテストだったかもしれない。いずれにしても、自分にとって見慣れない光景であった。ウチの家には庭なんてないし、ダイニングキッチン的な空間もない。お父さんは普段は背広を着ないしネクタイもしない。しかし、アニメの『サザエさん』などを見ていた私には「普通の家ではお父さんが背広にネクタイを締めて会社に行くものである」という知識はあった。
そこで私は自信満々に「夕方、お父さんが会社から帰ってきたところ」と答えたら、なんとバツだったのである。正解は「朝、お父さんが会社に出かけるところ」だった。
いやいやいや! 朝のバタバタしてる時間に子供が庭掃除とかする? どんだけいい子やねん! お父さんもお父さんで、子供の学校よりたぶん遠いであろう会社に行くのに、そんなにのんびりしてて大丈夫なの? そもそも何を根拠に夕方じゃなくて朝と判断するの? それが“普通の家”の正解なら、やっぱりウチは普通じゃないんだな……と子供心に思ったのをいまだにしつこく覚えている。
ウチの実家は大阪・梅田の食堂だった。住所でいえば「曽根崎新地」。ただし、繁華街として知られるキタ新地とは少し離れていて、「堂島」と言ったほうが大阪の人にはわかりやすいだろう。中学生の頃、夜にゴミ出しに行ったら通りすがりの酔っぱらいに「兄ちゃん、トルコどこや?」と聞かれて「あっちのほうにあると思いますけど」とキタ新地のほうを指さしたのも、今となってはいい思い出だ(トルコ=今でいうソープランド)。
周辺はオフィス街で民家はほぼない。昼間人口は多くても居住者は少なく、子供の数も少ない。小学校に入学したときの同級生は自分を入れて19人。八百屋の娘、洋品店の娘、モータープール(駐車場)の息子など、自営業の子が多かった。自分だけでなく、同級生の多く(最大でも19人だが)にとって「お父さんが朝、会社に行く」というのはフィクションの世界でしか見たことない場面だったのではないか。
数少ない同級生も、いろんな事情でさらに減って、卒業時には13人になっていた。どこの山奥の分校かって話である。その小学校も、とっくの昔に廃校になってしまった(校歌が作詞・北原白秋、作曲・山田耕筰、卒業生に森繁久彌がいるというのはちょっと自慢)。
そういう場所で、物心ついたときには食堂の息子だったわけである。幼稚園の頃のことはあまり覚えていないが、小学校から高校を卒業して東京の大学に進学するまでは、そこで暮らしていた。1階が店舗で、2階と3階が住居。ただし、2階、3階も純粋に住居スペースではなく、従業員の更衣室があり、米や小麦粉、食器や割り箸などのストックの保管場所としても使われていた。さほど広い店ではなかったが、4人掛けのテーブルを9台詰め込んで、トイレの入り口部分だけはイスを置かなかったので35席。うどん・そば、丼物やカレーライス、各種定食から寿司まで出す、いわゆる大衆食堂だ。
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作家・平松洋子さん推薦!!
「気配をスッと消し、食の現場をニヤリと斬る。
選ばしし外食者の至芸がすごい。」
外食歴50年超の著者が綴る異色の外食エッセイ!
一口に「外食」と言っても、いろんなシチュエーションがある。子供の頃に親に連れていかれたデパートの大食堂。夜遅く仕事帰りに一人で入る牛丼屋。ここぞというデートや記念日に予約して行ったレストラン。気の置けない仲間と行く居酒屋。たまの贅沢のカウンターの寿司屋。出先でたまたま入った定食屋。近所のなじみの中華屋や焼き鳥屋……。
誰もが心当たりあるような懐かしくも愛しき「外食の時空間」への旅が始まる!
カバー&本文イラスト描いたイラストレーターおくやまゆかさん。
イラストが最高に愉快!(全50点収録)
目次
序 「今日のごはん何?」と聞いたことがない
第1章 ノスタルジア食堂
1品目|外国人と鴨南蛮と中華そば
2品目|ランチタイム地獄変
3品目|「天丼」と「うどん天」と「シマ」
4品目|出前とデリバリー今昔物語
5品目|おでん定食というギャンブル
6品目|ハンバーグ記念日
7品目|おいしい味噌汁の条件
8品目|最高のおやつ
9品目|校外学舎の悲しき夕食
10品目|わんこスイカ
11品目|ところ変われば品変わる
12品目|「恵方巻」と「丸かぶり」
13品目|ちくわぶとはんぺん
14品目|「肉じゃが=おふくろの味」って誰が決めた?
15品目|スマホがなかった時代
16品目|Gに気をつけろ!
第2章 私が通りすぎた店
17品目|あの素晴らしい寿司屋をもう一度
18品目|気まぐれすぎる女将
19品目|選択肢のない店
20品目|日本一大きいビアガーデン
21品目|カニ・マイ・ラブ
22品目|国会図書館でナポリタンを
23品目|夫婦の肖像
24品目|サハリンの夜
25品目|インドで大炎上
26品目|開幕前の至福の宴
27品目|私がスポーツジムに通う理由
28品目|かわいそうな寿司屋とその弟子
29品目|残業メシ格差
30品目|よそンちの食卓はつらいよ
31品目|大食いと早食い
32品目| BGMも味のうち?
第3章 外食の流儀
33品目|大盛りはうれしくない
34品目|取り皿問題
35品目|デザート嫌い
36品目|お熱いのはお好き?
37品目|器のTPO
38品目|あんまり尽くされても困る
39品目|スパゲティがパスタに変わった日
40品目|何をかけるか問題
41品目|どの席に座るか問題
42品目|酒飲み認定
43品目|11人きた!
44品目|硬と軟
45品目|人はだいたい同じものを注文する
46品目|トングどっち向きに置く?
47品目|箸と愛国
48品目|ステキなタイミング
おわりに 入れなかったあの店の話