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ウクライナ危機に「私たち」はどう向き合うべきか【仲正昌樹】

ロシアがウクライナに侵攻。プーチン大統領は経済閣僚らと会談(2022年2月28日)

 

 この二年間「コロナ」一辺倒だったマスコミやネットの話題の中心が、このところウクライナ情勢にシフトしている。冷戦構造崩壊以降、これまでもいくつか深刻な地域紛争や内戦が起こり、その内のいくつかは日本の政治・経済にも少なからず影響を与えるものだったが、ほとんどの国民にとっては、“遠くの国の出来事”だった。しかし今回の事態に対する世論の動きは、従来のそれとは明らかに異なった様相を呈している。戦況次第では、日本にも直接影響が及んでくる問題と感じている人が少なくないようだ。

 当初の予想と異なって、ウクライナ側の抵抗でロシアの思惑通りに事態が進んでいないことが明らかになるにつれ、ほとんどの西側諸国と同様に日本でもウクライナ支持・ロシア非難の声が強まっているが、NATO加盟をほのめかしたことや東部地域での“ロシア系住民の迫害”などについてウクライナ側にも非があるという主旨の発言する元政治家もいる。

 また、安倍元首相が、今回の事態を教訓として、アメリカの核を日本に配備してもらって共同運用する「核共有」を考えるべきと発言し、非核三原則に拘る現政権との間に齟齬を産むなど、具体的にこの事態にどう関与すべきかをめぐって、与野党双方に混乱が生じている。どこがこれまでの事態と違うのか、私たちはこの事態をどう認識すべきか考えてみよう。

 冷戦以降、これまで生じた紛争のほとんどは、日本から見て地理的に遠い国の出来事であることに加え、以下の二つの場合のいずれかだったので、日本に対する影響は限定的と考えることができた。

 

①旧ユーゴ内戦、チェチェン紛争、ルワンダ内戦などのように、ある既存国家の内部で生じる民族紛争・独立紛争であるので、外部に戦闘がどんどん拡大し、日本まで巻き込まれる可能性は低かった。

②湾岸戦争や九・一一、イラク戦争のように、アメリカと、アメリカを中心とする世界秩序に反対する勢力の闘いなので、アメリカが矢面に立つことになり、日本はアメリカにどの程度同調するか判断するだけでよかった。

 

 今回の事態はいずれにも当てはまらないので、どういう事態が連鎖するか分からない、という不気味さがある。ロシア(政権)としては、ウクライナは中世から近代にかけてロシア帝国の一部で、文化的に一体化していたし、ソ連時代も一つの国だったのだから、①のタイプの内戦の一種と考えていたのかもしれない。ソ連は、元々別の国であった東欧諸国でさえ、自分の領分扱いし、しばしば反ソ的な動きを封じるための軍事介入を行っていたので、完全に“自らの領土”であるウクライナで生じた“内紛”を、自分だけの判断で処理するのは当然という感覚かもしれない。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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