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ウクライナ危機に「私たち」はどう向き合うべきか【仲正昌樹】

 

ロシアがのウクライナ侵攻でハリコフ州庁舎などにミサイル攻撃(2022年3月2日)

■ウクライナの政権が崩壊し、ロシアが全土を支配したら・・・

 

 湾岸戦争やイラク戦争に際しては、日本が直接の当事者になる可能性が高くないということもあって、左右とも、他人の不幸をネタに観念的な論争を繰り広げていた。左は、イデオロギー的に大上段にふりかぶって、「新世界秩序の防衛という大義を掲げたアメリカの戦争に巻き込まれてはならない。自衛隊がアメリカを支援することは、憲法九条に違反し、かつてと同じ道を歩むことになる」、と決まり文句を繰り返し、右は、あまり具体的なプランもないまま、「今こそ、自主憲法を制定して、自分の国は自分で守れるようにしないと、〇〇のようになってしまう」、と叫んでいた。その地域限定の紛争に終わると予想できたので、お決まりの宣伝合戦をする“余裕”が十分あった。

 しかし今度ばかりは、ウクライナの政権が崩壊し、ロシアが全土を支配し、それを中国などが容認したら、その後、世界がどう変わるか分からない、国際法・国際政治上の慣行の大部分が無効になるかもしれない、という根本的な不安がある。日本は今のところまだ、本当の当事者ではないが、ロシアや中国が“自信”を持てば、あっという間に、当事者になってしまう恐れがある。いわば、潜在的な当事者のような立場に置かれている。これまで日本人は、西欧における安全保障の仕組や民族紛争に対してあまり無関心だと言われてきたが、根本的な不安が強まっているせいで、厭でも関心を持たざるを得なくなっている。

 「私たち」の今の状況は、譬えて言えば、何軒か離れた近所で火事が起こっているけれど、交通事情などで消防車の到着が遅れ、自分の家まで延焼してくるかどうか微妙な状況ではないか、と思う。そういう状況だとすれば、ロシア側にもそれなりに言い分があるかもしれないとか、ゼレンスキー大統領の外交戦略がうまいか下手かとか、バイデン大統領の政治信条とかは、どうでもいい話である。仮に鳩山元首相が言っているように、東部国境において、ロシア系住民の虐殺のようなことがあったとしても、今現に、ウクライナという主権国家を軍事力で潰し、それを事後的に正当化しようとしているのはロシアなのであるから、「私たち」が将来同じような目に遭いたくないのであれば、何としても、ウクライナの政権に持ちこたえてもらわないといけない。そのため、(足でまといにならないように)出来るだけの支援をしないといけない。

 左派的な考え方をしている人の中には、戦闘が長引けば、親ロシア派でも愛国主義者でもない、もっぱら平和を愛する一般市民が犠牲になるので、安易にウクライナの政権を支援すべきではない、という考えの人もいるかもしれない。れいわ新鮮組が、ロシア非難決議に賛成しなかったのは、そういう考え方をしているのかもしれない。

 

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仲正 昌樹

なかまさ まさき

1963年、広島県生まれ。東京大学総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了(学術博士)。現在、金沢大学法学類教授。専門は、法哲学、政治思想史、ドイツ文学。古典を最も分かりやすく読み解くことで定評がある。また、近年は『Pure Nation』(あごうさとし構成・演出)でドラマトゥルクを担当し、自ら役者を演じるなど、現代思想の芸術への応用の試みにも関わっている。最近の主な著書に、『現代哲学の最前線』『悪と全体主義——ハンナ・アーレントから考える』(NHK出版新書)、『ヘーゲルを超えるヘーゲル』『ハイデガー哲学入門——『存在と時間』を読む』(講談社現代新書)、『現代思想の名著30』(ちくま新書)、『マルクス入門講義』『ドゥルーズ+ガタリ〈アンチ・オイディプス〉入門講義』『ハンナ・アーレント「人間の条件」入門講義』(作品社)、『思想家ドラッカーを読む——リベラルと保守のあいだで』(NTT出版)ほか多数。

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  • 仲正 昌樹
  • 2020.08.25