Scene.20 世紀末を駆け抜けろ!
高円寺文庫センター物語⑳
「だけどやっぱ、賞なんて商業政策でくだらね。大塚銀悦に賞なんて似合わね・・・・」
「荒川河川敷のブルーシートに住んでそうだよ。二冊目は、ないかもな」
「売れるもの売ってさ、隙間で売りたいのを売ってこうじゃないの!」
「おまえんとこみたいには街場の本屋に、売れるものは入ってこないけどな」
「だから、個性的な本屋がコンセプトなんだろ」
「明けまして!おっめでとぉ~
2000年なんだなぁ! ジョージ・オーウェルの『1984』は過ぎ去りし彼方、来年はいよいよ、映画『2001年 宇宙の旅』の21世紀だぜぇ!
THE BEATLES の「When I'm Sixty-Four」まで、おいちゃんは余すところ15年となったとさ。
来年はイチローの背番号51に並ぶだろ。5年後には、松井秀喜にも並んじゃうのよ」
「りえちゃん、店長どぎゃんしたと? 正月の酒が残ってるばい」
「内山さん、ほっといて荷解き検品しちゃいましょ!」
「2000年といっても、キリスト教基準だろ!
この国の天皇基準で、皇紀なら2660年。イスラム暦なら1420年。ユダヤ教の基準にしたらさ、5760年なんだぜ! 世界はひとつじゃないよなぁ~」
「これは、店長の脳みそ。中央演算処理能力を超えた本か、映画を観たんじゃない?!」
「なにを、言う! 世界にはな、50もの紀年法があるんだぜ」
「わかります店長。モノの見方考え方は、ひとつではなくて時間の概念さえ多角的に捉えろってことですよね」
「わお、さわっちょ。見事な弟子である」
「店長! 飛び込みですけど、売れそうな自費出版物を持った方が来ましたよ」
「売れそう? すぐ行く!」
りえ蔵が、売れそうと言う。同人誌的な本や雑誌の持ち込みが多いなか期待できるかもしれないとレジ・カウンターに行ってみた。
「初めまして、手越と申します。こんなものを作りました。扱っていただけたらと、ご相談方々のご挨拶です」
見れば風体は、長い髪に暗いファッション。ちょっと汗臭い、ステレオタイプの高円寺ヲタクにいちゃん。挨拶がキチンとできるかは、信頼への第一関門OK!
『高円寺本舗』と銘打たれた見本誌は、わずか100ページで本文の写真はモノクロながら製本はきちんとされていた。
手にした見本誌をめくるにつれ、これは売れる!
「これは、高円寺では間違いなく売れるよ!」
「ですよね、店長」
既にその気の、りえ蔵。内山くんと、さわっちょにも見本誌を手渡す。
「よかよ! 飲食店どころか銭湯まで、高円寺ひとり貧乏ライフの目配りが行き届いているばい。高円寺新参者には、必需品になるっちゃよ」
「あれ、店長。価格が書いてないですよ」
「はい。そこも相談で800円を考えていますが、どうでしょう?」
「いや。キレよく、500円だな。
手越くん、ね。800円で100部売れるのと、500円で1000部売れるのはどっちがいい?」
「極端ですね。それは、1000部も売れたら嬉しいですが・・・・」
「懐疑的だなぁ・・・・
販売のプロが言っているんだよ。それに、高円寺視線のプロたちまでもが言っているんだからね!」
「あの、取り分って言うんでしょうか。お店と僕の分け前は、どのように・・・・。」
「分け前ってのは、そりゃそうだ(笑)。
掛値と言って相場を教えるからさ、任せなさいって! お天道様が見ている商売しているんだから、キチンとおしえてあげるってば」
こうして彼のプチ・サクセスストーリーが始まるのだが、その前に納品伝票・返品伝票・請求書・領収書と、商取引の一式をコーチしなければならなかった。
文庫センターは敷居が低いと思われるのか、この手の飛び込み営業が多かった。商慣習を心得ていたのは、さほどいなかったな。