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ウクライナ侵攻、米欧は果たして黒幕か【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」42

ジョー・バイデン米大統領

 

 ◆戦争と「正義の相対性」

 世の中、唯一絶対の普遍性を持った正義はありません。

 にもかかわらず、「われわれの掲げる正義こそは絶対だ!」と説きたがる勢力は多々存在します。

 

 そのような勢力の間で、対立が激化したらどうするか。

 いかなる方法で解決を図るかについて、折り合い、ないし妥協が成立すれば良いのですが、成立しない場合は、しばしば実力行使しかなくなります。

 つまりは武力衝突。

 要は戦争です。

 

 私の記憶が正しければ、映画監督のフランシス・コッポラも、ベトナム戦争を題材にした自作『地獄の黙示録』と関連して、次のような趣旨の発言をしました。

 

 【倫理観は相対的なものだという主張は、パリのようなところでなら、もっともらしく聞こえる(注:1968年より、パリではベトナム戦争をめぐる和平会談が行われ、1973年に協定が結ばれた)。だがベトナムでは、それが戦争を正当化する論理になるのだ】

 

 唯一絶対の正義が存在しないからこそ、話し合いで対立を解決しなければならないのに、戦場ではまさに同じ理由によって殺し合いが起きるのです。

 裏を返せば、いかなる戦争であれ、その全体像をとらえようとするのであれば、「一方の側が絶対に正義で、他方は絶対に悪」という構図を、安易に当てはめるべきではない。

 ロシアのウクライナ侵攻も例外ではありません。

 

 今回の侵攻、どちらがどちらに攻め込んだかは明確ですし、大規模な人道危機が生じているのも疑問の余地がない。

 情報戦(認知戦)による誇張やフェイクが混じっている可能性を否定はしませんが、そもそも戦争に人道危機はつきものです。

 

 あれだけ大規模に攻め込んだあげく、思い通りに制圧が進まないとき、人道がきっちり尊重されたら、そちらのほうがよほど不思議。

 ロシアへの非難が高まるのは、当然の帰結にして、正当なことと言わねばなりません。

 侵攻の影響で、ウクライナとロシア、双方からの農作物(および肥料)の輸出が滞っている結果、世界では途上国を中心に飢餓が生じる恐れまであるのですぞ。

 

 

◆ウクライナを見下す黒幕論

 ただしこれは、

 〈平和に暮らしていたウクライナに、悪いロシアがいきなり攻め込んできた〉

 という解釈が成り立つことを意味しません。

 

 「ウクライナ侵攻、ロシアはどこまで〈悪〉なのか」で詳述したとおり、ウクライナはウクライナで、NATOの「高次機会パートナー」になったり(2020年)、アメリカとの「戦略的パートナーシップ憲章」をアップデートしたり(2021年)と、ロシアへの対決姿勢を強めていたのです。

 ここにはNATOやEUの東方拡大を図ることで、ロシアを封じ込めようとする米欧の思惑、すなわち覇権戦略もからんでいる。

 

 そのせいでしょう、今回の侵攻については「ウクライナを使ってロシアを挑発、武力行使にまで追いやった米欧こそが真の問題だ」とする論調も見られます。

 さしずめ「米欧黒幕論」。

 ロシアはギリギリまで耐え忍んだあげく、やむにやまれず剣を抜くにいたったのだというわけです。

 往年のヤクザ映画によく見られた筋立てですね。

 

 むろん、米欧黒幕論にも一理ないわけではない。

 だとしても、二つ大きな問題があります。

 

 まずはウクライナの主体性を無視していること。

 NATOやEUの東方拡大によって、米欧がロシア封じ込めを画策するのはいいとして、肝心のウクライナが親ロシアの姿勢を見せていたら、最初から話にならない。

 しかるにウクライナは2003年いらい、「国家安全保障法」という法律で、NATO加盟による欧州への統合を謳っているのです。

 

 アメリカがウクライナのNATO加盟を提案するのは2008年ですから、それより5年も前のこと。

 2010年代に入ると、親ロシア派と目されたヴィクトル・ヤヌコーヴィッチ大統領までが、EUとの関係強化をめざしています。

 現大統領ウォロディミル・ゼレンスキーなど、2022年3月1日、欧州議会で行ったビデオ演説でこう述べました。

 

 【あなたがた(注:EU)と家族になりたい、あなたがたと対等な存在になりたいという願望のために、われわれは今、最も強くたくましいウクライナ人を犠牲にしています。】

 【「ウクライナがヨーロッパを選ぶ」という表現があります。私たちがめざしていたもの、向かっていた目標です。そして、私はあなたがたから「ヨーロッパが選ぶウクライナ」という言葉が聞きたいのです。】

 (読みやすさを考慮し、表記を一部変更)

 

 米欧に操られるまでもなく、ウクライナは親米・親EU、すなわち反ロシア。

 となれば「米欧がウクライナを使ってロシアを追い詰めた(=ウクライナはもっぱら対ロシア戦略の駒として利用された)」という主張も説得力を失う。

 

 ゼレンスキーのビデオ演説など、ウクライナのほうからEUを利用しようとしているではありませんか。

 現にウクライナは、自国上空を飛行禁止区域に設定するよう求めることで、NATOを戦争に巻き込もうとしました。

 操り人形(であるはずの存在)に振り回されかねないようでは、黒幕の名が泣くというものでしょう。

 

 世界には戦後日本のごとく、アメリカの「極東現地妻」であることを身上として、何があろうとひたすら追従する国もなくはない。

 昨今の追従ぶりたるや、『感染の令和 または あらかじめ失われた日本へ』で詳述したように、じつにうるわしい、もとへ嘆かわしいものがあります。

 だとしても、すべてを自分の尺度で計りたがるあまり、ウクライナを見下すような真似をするのは考えもの。

 地上にはもっと根性のある国も存在するのですよ!

 

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【佐藤健志氏によるオンライン読書会のお知らせ】

 

 ウクライナ侵攻と関連して、Zoomによるオンライン読書会を下記の通り開催します。

 「強兵なくして主権なし〜ロシアの視点を理解して、日本が取るべき戦略をつかめ」

 

 ◆開催日時:2022年6月18日(土)14:00〜16:00

     講義  14:00〜15:30

     Q&A 15:40〜16:00

※質問多数の場合、Q&Aコーナーの時間を延長します。また参加者全員に録画アーカイブを配信しますので、リアルタイムでご参加いただけない方も安心してお申し込み下さい。

 

解説書籍:『「帝国」ロシアの地政学』(小泉悠、東京堂出版、2019年)

 

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佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

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