日本史上初の痩せ姫⁉「鎌倉殿の13人」の大姫(南沙良)は「真田丸」茶々(竹内結子)の悲劇性を超えるか【宝泉薫】
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に大姫という登場人物がいる。源頼朝と北条政子の長女で、数奇な人生を送った薄倖のヒロインだ。
源義経の愛妾・静御前ほど有名ではないが、近年、注目度は上昇傾向。それはその「薄倖」ぶりが理解や共感を生みやすくなったからだろう。
たとえば、5月に配信された「岩下志麻が語る北条政子像 多くの女性を庇護した“哀しい母親”」(女性自身)という記事には、こんな説明がある。
「父・頼朝の命令によって婚約者を殺され、現代でいう摂食障害に。大姫は心の病いが癒えることなく20歳で亡くなり」
つまり、今風にいえば「メンヘラ」系、あるいは日本史に登場する最初の「痩せ姫」だったかもしれない人なのだ。
とはいえ、その根拠は確固たるものではなく、歴史書「吾妻鏡」に遺されたエピソードから後世の人々が想像したところが大きい。なかでも、作家の永井路子は小説「北条政子」のなかで魅力的な大姫像を作り上げた。
筆者は1970年代後半にこの小説を読み、大姫の生き方に現代の拒食少女の姿を重ね合わせた。小説が書かれたのは拒食がまだポピュラーではなかった60年代なので、永井がそれを意識していたかは疑問だが、80年代には、大姫の存在が摂食障害の本にも記述されるようになる。北条政子という強すぎる母親や、幼少期のトラウマといった要素が、摂食障害の発症システムにピタリとはまったからでもあった。
では「北条政子」での大姫像を振り返ってみよう。
大姫は数えで7歳のとき、5歳上で同じ源氏一族の木曽義高と婚約。ただ、それは義高が頼朝側の人質になることでもあった。義高の父、義仲が頼朝と対立して敗死したことで、義高も殺されてしまう。
この結果、大姫は病み、回復後も別人のように心を閉ざし、不健康になる。特に義高が殺された木の芽どきになると「食事もろくろくとらず」加持祈祷をするように言っても「いやです、私、生きていたくないんです」と拒絶する始末。義高の死から2年後、義経との子を宿していた静御前と語り合う場面では、自分には母となる楽しみもないとして、夜も眠れず「早く死なせてください」と祈っていると告白する。
とまあ、拒食や不眠、希死念慮といったものを抱えながら成長していくわけだが、年頃の美しい娘になっても、憂鬱はむしろ深まることに。縁談があっても「嫁げというなら、川へ身を投げて死んでしまいます」と言って、受け付けない。
そんななか、後鳥羽天皇への入内の話が持ち上がる。これはさすがに断りきれず、都の実力者とも対面して気に入られてしまう。が、この件を機に症状が悪化。その様子はこう描かれる。
……床の中にいた大姫は、政子の顔をみるなり、細々した手をさしのべて身を起こそうとした。
「お母さま」
一段と痩せてすきとおるように蒼白くなってしまった頬に、むりに微笑を浮かべようとしている。
(略)
大姫はもう一度、じっと政子をみつめると、思い定めた口調で言った。
「で、私、帰ってから仏さまにお祈りしたんです。私の命を召してくださいませって」
「まあっ」
政子はその薄い肩を思わずかき抱いた。
「ごめんなさい、お母さま」
大姫が小御所の奥の局で、ひっそりと短い生涯を終えたのはそれからまもなくだった。……
子供時代の思い出に殉じ、大人になることを拒むようにして夭折するという生き方は、歴史上なかなか類を見ない。それが時の権力者の娘なのだから、なおさらだ。
しかし、こういうヒロインを実写で描くのは難しい。痩せ姫の見た目になることはもとより、その内面を表現して理解させるのも容易ではないのだ。
それゆえ、二次元モノですら、新解釈が試みられたりもする。北崎拓の漫画「ますらお 秘本義経記 大姫哀想歌」(2014年」では、義高への愛が不完全に終わったがゆえ、下女の手で性的快楽を得るようになってしまったという要素が入れられている。痩せ姫としてのストイックな大姫が好きな者としては、いささか残念だ。
残念といえば「北条政子」を原作とする大河ドラマ「草燃える」(1979年)もやや物足りなかった。幼少期を斎藤こず恵、年頃になってからを池上季実子が演じ、それぞれ熱のこもった芝居を見せたが、痩せ姫的要素はほとんど盛り込まれなかったからだ。
そのかわり、大姫の混乱と破綻を示す出来事がわかりやすく創作された。入内話の進行と義高への思いに引き裂かれた彼女は、突然、髪を刃物で童女のように短く切り落とし、
「義高さまのところに行くの。七つの女の子になって。義高さまのところに。私は女の子。可愛い女の子。七つの女の子。義高さま見て、この髪を見て」
と叫び始める。それからほどなくして亡くなる、というものだ。
テレビ的には面白い工夫で、何度見ても泣ける。ただ、生きることそのものを拒むように痩せ細っていく展開も加えられたほうがより儚く感じられる気もした。
はたして、今回の大河はどうなるのだろう。
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