Scene.32 本棚が涙に滲む・・・・!
高円寺文庫センター物語㉜
東京は、12月の初めに黄葉の季節を迎える。
銀杏の緑を、眩いばかりの黄葉に染めて心躍る季節。街は黄色に彩られてゆく。
そして落ち葉の季節。そこはかとない寂しさだけが、通り過ぎて行く・・・・
「内山くん。煙草の煙が、目に染みるな・・・・」
「店長! 九州男児でも、これは涙にくれるばい」
12月8日。高円寺の観音寺では、ニューバーグのママさんの告別式が執り行われていた。
去る4日。突然の逝去を知らされたボクらには、環七に面した観音寺は近いのに、あまりにも遠い道に思えて足取りは重かった。
人生には、こんなことがあっていいのか?! っと、思えることが確かにある。ただ、それが親しい人との永遠の別れは嫌だ。
自転車で駆けつけた元バイトくんも加わり、驚きと悲しみは不安と恐怖と慚愧に溢れ、ボクらにはあり得ない『沈黙』に支配されていた。
マスターが、喪服に身を包んでいる。それだけで異常なんだよ、だってマスターはシェフスタイルでしか見たことがない。
ママさんが、棺に横たわっているなんてウソだろ?!
「殿!
早くランチにいらっしゃい」って、言ってよ! お願い・・・・
だめだ、涙が吹き出す! 考えてもみなかったことが、現実に起きてしまったら、現実を受け止められないって当然だよ。
ボクらの困惑と狼狽をよそに、ママさんは深い眠りのなか。
「殿!
暑いからね、今日は鰻で精を付けて頑張って」
って、聴こえるようなのはウソだろ・・・・こんなの、神も仏もあるもんか!
『メメント・モリ』=「死をこそ想え」。そんなことは、わかっているって!
だからって、なにもママさんを召すことはないでしょ。
ニューバーグのママさんとマスターの、人情に甘えてばかりだった・・・・。
「店長。
その棚の映画のジャンルにも、興味があるなんて知らなかったですよ。」
文庫センターの向い、ニューバーグの隣にあるのがレンタルビデオのオービスさん。
帰り際に入ったとたん、ある棚の前で固まってしまった・・・・
「店長。店長!」
「あ、どうも。
こっちの壁面って・・・・」
「ええ、そうです。ニューバーグさんと接していますよ」
「オービスさんに入って、店長! って、呼ばれて気がついたらここに居てね。
すいません、帰りますわ」
「あれ、帰っちゃう?」
「気を紛らわせるのには、好きな映画を借りるのがいいかなって思ったんだけど・・・・
本も絵でも、ちょっと情緒を刺激するモノはしばらくダメかな」